雨音を聞きながら
朝食後は兎に角、細々とした雑務の整理で忙殺され、気づけば昼もとっくに過ぎた午後を迎えていた。
「とりあえず食事だな」
見れば腹を空かせた狼は我慢できずに置いてあったタケノコにかじりついている。
対象が俺に移る前に用意しなければ、買ったばかりの夏服を穴だらけにされかねない。
ストックしておいた薪に火を入れるとホームの中は仄かな揺らめきに包まれ、冷え込みがちな岩肌に暖かな光が手を差し伸べる。
やはり初夏とはいえ天候に大きく左右される屋外で生活するなら、暖を取る手段である焚き火は欠かせない。
補充したポリタンクを設置すると灰汁を入れた水で入念に手を洗う。
衛生面では特に気をつけないと、食中毒一つで十分命に届き得るのだ。
幸いにして木材と水は豊富にあり、衛生面に関係する原料の入手に事欠かないのは本当に助かる。
「今日はちゃんとした野菜が食えるぞ~」
それにしても、水洗いしたサワダイコンはミニサイズのダイコンに近いと言うには無理があるか?
見た目はどちらかと言えばゴボウに近く、手触りはダイコンっぽいという不思議な植物だが、貴重な野菜という事には違いない。
なるべく熱が通るように乱切りにして切り分け、同じく採取したキノモトワラビとタケノコを湯にさらして灰汁抜き行う。
火が通るまでの間、竹の節をナイフで削って簡単な『お玉』を作成しておく。
節の部分を玉に見立てて中央を削り、取っ手まで一体型になった力作だ。
「うん、悪くない出来映えっすね」
気を良くした俺は、次々と予備の食器や道具を作り出していく。
箸置き、スプーン、笊、ヘラ、火吹き棒。
いずれも簡素ながらに必要十分。
見ようによっては、一切の装飾や塗装がないのも逆にオシャレだろ?
しかも、以前に作った物より明らかにクオリティが向上しており、しばし自分の作品を眺め感嘆の息を漏らす。
……俺のような素人がまるで一流モデラーの如く、長時間に渡って集中力が途切れなかった理由は明確だ。
沈黙によって訪れる思考は、記憶の底から昨夜の蛇女を呼び寄せ、最後に口にした言葉を今も自問し続けていた。
僅かでも油断すれば、頭の大半を答えの出ない問いが埋め尽くす。
要するに、常に意識を別方向に向ける事で、心に刻まれた恐怖心を忘れ去りたいという訳だ。
もしかしたら……今夜も出るのではないか。
そう考えるだけで体がすくみ、全身が氷水に浸される感覚に襲われる。
一日でも早く、一瞬でも速く忘れるしかない…。
「集中……集中だ……集中して……忘れろ……!」
―――午後から振りだした雨はますます盛んになり、天井から染み出した水滴を受け止める空き缶は、絶え間ない水のリズムを刻んでいく。