その影は蛇の如く…
岩肌に映る不気味に伸びた影…。
どう見ても何度見返しても、絶対に人間とは似ても似つかず、敢えて言うなら途轍もなく巨大な蛇を連想させた。
これが見間違いとか勘違いの類いであったなら、どれほど幸せだっただろうか……。
キャンプ場で起きた不可思議な体験や、怪談話は数多く聞いた事はあるが――コイツは夢や幻覚でもない!
しかも…どう考えても普通じゃない女は、真正面からこっちに歩いて来やがる!
狼は女が洞窟に入ってくるのが分かると即座に道を開け、壁の窪みに体を埋めて完全降伏してしまう。
「と、止まれ!
止まれって言ってんだよ!」
斧と赤熱した薪を手に威嚇するが、俺の内心はマジにビビって縮みあがっていた。
だが、見れば見るほど知りたくもない事が分かり、更に恐怖を助長させていく!
女は山深い森の中だというのに裸足で歩いており、それどころか全く足音がしないのだ。
いや、正確には音はしている。
いつぞやの森で聞いた、何かを引きずる音。
今日まで忘れようと努めていた謎の音の正体は、目の前にいる絶世の美女が歩く際に出す足音だった!
そして…空気が抜けるような音は女の呼吸音!
普段は気にもしないのに、余りにも常軌を逸した衝撃で余計な事に気づいてしまったのは、最悪の皮肉としか言い様がない。
「なッ……言葉通じねぇのか!
コレだよコレ! 斧見えないのか!?」
いくら言葉が通じていなくとも、斧と燃えた薪を振り回していれば歓迎されていない事くらい、分かりそうなものだが…。
どういう訳なのか、女はまるで気にした様子もなく近寄ってくる!
意味不明な足音はますます大きくなり、俺は成す術もなく後退を余儀なくされてしまう。
女の背後では狼が心配そうな視線を送り、固唾を飲んで見守ってくれているが…正直、ミリの役にも立ってねぇって!
「あぁ…クソ! なんでお前、濡れてないんだ!?
さっきまで雨に…ああ! もう帰りやがれ!」
女は土砂降りの中を傘も差さずに歩いてきたにも関わらず、水滴どころか汗ひとつ掻いていない。
およそ感情と呼べる物をまるで感じさせない表情からは、一切の思考や心理を読み取れないのも恐れを助長させる。
苦し紛れに鼻先へ炎を突きつけるが効果はなく、俺はとうとう壁際まで追い詰められてしまった。
暗闇に光る緋色の瞳が俺を捉え、しなやかなネコ科動物を思わせる鋭くも息を飲む程に美しい顔と向き合う。
コイツは一体何者だ?
強盗・美人局・押し売り・ドッキリ…。
ありとあらゆる可能性を考慮しても、その全てが間違いなのだろう。
やがて、女の冷たい手が引き攣った俺の顔に触れ、緊張の糸を解くように意識を失う直前、たった一言のシンプルな言葉が頭に響く。
『…どうして…?』
質問の意味も分からないまま、気づいた時には夜が明けていた。
急いで周囲を見渡しても女の姿はなく、ガチの恐怖体験に再び体が凍る思いを味わう。
「な…なんなんだよアイツ!
わっけ分かんねぇだろうが!」
怒りに任せて叫んだ声はホームに轟き、幼い狼が驚いて飛び起きるだけで、何の答えも得られないままだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ようやく序盤に出てきた妙な音の正体が判明。
人とは思えない彼女は何者なのか?