せめて、安らかな眠りを――君に
全ての打ち上げ花火を使いきり、永遠とも思える数分が経過した頃、地上では待望だった動きが出始める。
大勢の男達が大挙して船へと集まり、砲撃の準備を開始したのだ。
「よかった……助かったよ、万治郎!」
計画は着実に進行しつつあったが、まだまだ時間が必要だ。
それまで兼宗を引き付けておかなければ、万が一にも地上へ逃げられてしまった場合、死傷者が続出するだろう。
「準備が整うまで、なにがなんでも逃がさねぇからな!」
ギンレイが命懸けで時間を稼いでくれたように、今度は俺が矢面に立つ。
次々と繰り出される触手を回避しながら、地上から狙いやすい場所に相手を誘導する。
「ッゥ! おお!」
地面から瞬時に突き上がる触手。
足元から伝わる僅かな振動と、攻撃の直前に変化する地面の起伏を読み取って回避するが、それでも致命傷を免れるのが精一杯。
掠めた触手は左の前腕部と右肩の肉をゴッソリと削り、洋弓による牽制を阻止されてしまう。
「はぁ、はぁ……まだか。
まだなのか万治郎!」
回避一辺倒を強いられた俺は徐々に追い詰められ、ついに地面から伸びた触手が足首を捕らえる。
「しまッ――!」
長く伸びた触手は俺の体を軽々と持ち上げ、幾度となく地面に叩きつけた。
全身の骨が絶え間ない悲鳴をあげ、衝撃を伝える音すらもう聞こえない。
「…………」
兼宗は獲物が抵抗する力を失ったとみるや、逆さに吊るしたまま目玉があると思われる部分に近づけ、おぞましい検死を行う。
「……おれ…の…番…だ」
隠し持っていたテーザー銃を目玉に撃ち込み、最大電圧を流すと内部から破裂させてやった。
悶え苦しむ兼宗は堪らず俺を突き飛ばし、瓦礫を転がった俺は屋根の突端から力の限り叫ぶ。
「やれぇぇええええ! 万治郎!!」
直後、大気を震わせる轟音が響き渡り、願いを込めて発射された砲弾が寸分の狂いなく、兼宗の頭を吹き飛ばした!
地上で沸き起こる大歓声。
よろめく肉塊が失くした部分を探すように蠢き、やがて大きく後退すると天守閣のあった廃墟付近で動きを止めた。
「やったぞ……やった!
早く…初音と…ギンレイ…皆のいる場所へ――」
――妙だ。
奴は何故、あの場所で止まった?
凄惨な光景が脳内にフラッシュバックすると、漠然とした嫌な予感は確信へと変貌していく。
「兼宗、それだけは…。
お前、本当に何もかも捨ててしまったんだね…」
奴の目的は――補食!
甲賀藤九郎を始めとした20人あまりの人間を取り込み、失ったはずの目玉を再生しようとする気だ。
どうやら肉塊の頭部を破壊しただけでは仕留めきれず、内部に存在する鬼涙石を完全に砕かなければならないらしい。
鬼属特有とも言える底無しの食欲は見る間に肉体を膨張させ、複数の鼓動が脈打つ。
「もう、お前はどこの世界にも居ちゃいけない…。
本当の意味で、たった独りぼっちだ!」
再び活力が甦えるのを実感し、僅かに残された時間で最後の手段を構築した。
Awazonのポイントを全て使いきり、正真正銘の最終局面を前に呼吸を整える。
「来いよ…。
寂しがり屋のお前に…最後まで付き合ってやる!」
兼宗は前面に無数の血走った目玉を出現させ、数倍にまで膨れ上がった体を突進させた。
しかし、奴がどれだけ目玉を増やそうとも俺の姿は見えない。
「理解できているか?
声は聞こえても、姿は見えないだろ?」
奴からは俺が突然消えたように感じただろう。
挑発する為に姿を現すと、巨大な肉塊を震わせて触手を伸ばす。
先程とは比べ物にならない程の衝撃が突き抜け、不可解な謎を文字通りに打ち砕く。
「マジックミラー!
俺からはお前の醜い姿が丸見えなのさ。
さて、上手い具合に捕まえられるかな?」
暴風雨を彷彿とさせる触手をミラーの反射を利用して撹乱し、王手へ向けた布石を一手ずつ打ち込む。
業を煮やした薙ぎ払いを間一髪で避け、最後のミラーを前にして奴を挑発する。
「どうした、最後くらい全力でぶつかってこいよ!
そこなのさ。全部を捨てても、弱い心だけは捨てきれない! それがお前だ、兼宗!」
周囲は倒壊した瓦礫に囲まれて逃げ場はない。
奴は挑発を受けて猛然と突進を始め、ついに俺の体を押し潰した!
「へへっ……俺の…勝ち!」
無惨にも砕かれたミラーが儚い音をたてて宙を舞う。
刹那、踏み締めていた地面は消え失せ、勢いのまま俺と兼宗は真っ逆さまに地面へ向かって落下した!
実はAwazonで購入したのは、マジックミラーと普通の大型ミラーの二種類。
マジックミラーで相手を翻弄しつつ屋根の突端に誘導し、通常のミラーで景色を反射させて状況を隠蔽したのだ。
「これでぇぇええ終わりだぁぁああああ!!」
40m近い高さから落ちた俺達は数秒後、大地を振動させる程の衝撃と共に激突し、兼宗は弱々しい鼓動を最後に旅立った。
「助けられなくて……ごめん…」
せめて、安らかな眠りを――君に…。
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