舎弟の本分 (万治郎視点)
その頃、地上では甲賀藤九郎と上忍が軒並み死んだとの一報が入り、頑強なまでに抵抗を続けていた忍び達も、とうとう降伏を受け入れた。
負傷者の救護にあたっていた万治郎のもとに、三平太が状況を報告すると――。
「ああ!?
だからよぉ、誰が知らせたってんだよ」
「いえ、それが…誰なのかは…」
敵の上層部がいつ死んだのか、誰が討ち取ったのかという肝心な部分は曖昧にされ、澄隆公が率いる鬼属部隊ですら困惑の色を隠せずにいた。
「意味分かんねぇな!
……いや、待てよ…。
おい、アニキ達はどこだ?
お前ら見てねぇのか?」
混戦を極める最前線で戦っていた万治郎は、葦拿達が密かに戦線を離脱して城内に侵入したなどと、知る由もなかっただろう。
それは他の愚連隊員も同様であった。
だが、彼は持ち前の優れた感性を発揮すると、即座に行動を起こす。
「今すぐ殿さんに伝令飛ばせ!
それと親父殿と紋七のおっさんにもだ!
やべぇぞ……まさかとは思うが……いや、間違いねぇ! アニキ達だけで抜け駆けしたんだ!」
確信を得た万治郎は頭上を見上げ、遥か高みに鎮座する天守閣を目にした瞬間、経験した事のない鳥肌が全身を覆い尽くした。
「お……い! なんだ、あの化け物は!」
そこには日ノ本をひっくり返して隅々まで探しても見つからない、既存の生物とは全く別のナニカが蠢いている。
他に形容する言葉がない肉の塊だった。
「伝令! 動ける奴を集められるだけ集めろ!
クソ! こんな時に殿さんは残党狩りか…」
澄隆公は主力の鬼属兵士を引き連れ、城から逃れた忍びを追撃に出たばかり。
城に残されていたのは愚連隊と矢旗 八兵衛、そして鳥羽 紋七を筆頭とした僅かな兵士のみであった。
「ま、万治郎さん!
天守閣に通じる階段が潰されちまってます!」
絶望的な報告。
今にも激情に駆られる寸前に陥った万治郎だったが、敬愛する葦拿は追い詰められた時、深呼吸で自我を保っていた事を思い出す。
「ふぅーー…。
他に通じている道を慎重に探せ。
あの化け物が当方らを襲ってこないのは多分、アニキ達が上で戦ってくれてるからだろう」
地上からでは真上に位置する天守閣は斜角の影響で弓矢が届かない。
だが、きっと上では激しい戦いが起きているはずだ。
その証拠を示すように城の上部は激しく揺れ、砕けた瓦が地上に降り注ぐ。
「なんてこった!
アニキも、お嬢も、犬っころも喧嘩の真っ最中だってのに、舎弟の当方が指を咥えてるだけとは…!」
大声で呼び掛けるしかできない自分を恥じ、拳を握り締める万治郎。
その時、意外な人物が姿を現す。
「お前もちったぁ成長したンじゃねぇの?
ほンのちょびっと、ミリレベルだけどな」
「鳥女! それに――お嬢も!
どうなってんだよ…宙に浮いてるだと!?」
質問に答える気のない飯綱は静かに初音とギンレイを地上に降ろし、黙ったまま頭上を見上げている。
初音の負傷を目にした愚連隊は駆け寄って手当てをしようとするが、誰も触れられずにザワつくばかりだった。
「…その落ち着きからするとよ、とりあえず無事って考えていいんだな?」
「どう転ぶかは……あしな次第だな」
飯綱の泰然とした心を察した万治郎も隣に立ち、葦拿の勝利と無事を見守る最中、城の上空で妙な音を耳にする。
「これは……花火?
上げているのはアニキか?
あんな化け物を前に、一体なんの為――」
「どうした? 急に黙っちま――あ、おい!」
弾かれたように駆け出した万治郎は、伝令に連れられて合流した八兵衛と紋七に用件のみを伝えた。
「今すぐ大砲の準備をしてくれ!」
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