すべてを受け入れし者
「これ以上、初音には指一本たりとも触れるな!」
神奈備の杜でヘンショウヒキガエルと戦った際、デカい的には飛び道具が有効だという知見を得た。
俺はAwazonで洋弓を購入すると、カーボンシャフトの矢を続けざまに射掛け、奴を大きく後退させる事に成功する。
「初音、今の内に――これは…どうなってる!?」
俺は夢でも見ているのか、すぐそこに初音が横たわっているというのに、体に触れようとしても直前で手が止まってしまい、全く動かせなくなっていた。
困惑した俺の頭上から、聞き覚えのある声が届く。
「やっぱなぁ、Awazonの強制力をどうこうするなンざ無理だったのさ」
舞い降りた漆黒の羽は暗く沈み、彼女の心境を如実に表す。
「来てくれたのか、飯綱!
初音が…怪我を…触れなくて…!」
気持ちが先走って言葉にできない。
今にもパニックを起こしそうになっていた俺を、唐突に鋭い痛みが襲う。
飯綱が放ったビンタは無駄に口走る頬を捉え、無言のメッセージを投げて寄越す。
「落ち着けってンだ!
アタシが初音の時間を止めた。死ぬ直前でな。
生きてるとは言えねェが…死ンだワケでもねェ」
死んではいない。
その言葉だけで十分だ。
「初音は助かるんだな?
この化け物を始末して、下らないゲームとやらをクリアすれば…!」
以前、ゴえもんが口にしていた。
異世界を舞台にした冒険の数々で大勢の視聴者を喜ばせ、その功績が認められてAwazonの職員になれたのだと。
その結果、飯綱の協力によって時間を逆行し、俺というクローンを生み出して、再び初音を救う機会を待ったと…。
「ゴえもんの意思を無駄にはしない!
今度は……俺の番なんだ!」
彼と交わした約束。
今度こそ初音を救ってみせる!
「…へっ、少しは…言うじゃねェか。
初音と犬っころの心配はいらねェ。
アタシがキッチリ地上まで届けてやンよ」
そう言うと飯綱は翼を広げ、薄らと光る不思議な膜で初音達を包み、まるで風船を浮かべるようにして初音達を運んでいく。
あとに残されたのは俺と物言わぬ化け物だけ。
既に天守閣は跡形もなく崩壊し、瓦礫の山と化していた。
「上等……上等だ!
お前の寂しさも、無念も、悲しみも…。
どれもこれも否定しねぇ!
全部、受け入れた上で…俺は初音を助ける!」
兼宗がジワジワと間合いを詰めてくる間、鬼涙石に取り憑かれた鬼を解放する手段を思い返す。
八兵衛さんが紋七を戻した時、頭に埋め込まれた鬼涙石を切り離した。
だったらコイツも?
「あっぶねぇ!」
5mも離れた場所から触手が飛来し、考え事をしていた俺はまたしてもギリギリで回避する。
まずは相手を観察しなければ、攻略の糸口は掴めない。
全身に重度の火傷を負った、見るもグロテスクな姿ながらも、頭と思わしき部分は確かに存在している。
「待ってろよ、必ず吹っ飛ばしてやる!」
五感をフルに活用しつつ、コイツへの警戒を僅かでも緩めない。
武道の達人は倒した相手に対して、常に反撃を警戒して戦いの場を去るという。
その心を忘れずに、脳と五感を同時に回せ!
「…ニキ……ア…ニキ!」
万次郎や愚連隊の皆が声援を送ってくれている。
味方の兵士が現れないのは、天守閣に通じる階段が潰れてしまったのかもしれない。
「右……左……切り返して正面……」
空気を切り裂いて繰り出される触手攻撃。
奴はどうやって俺の位置を判別している?
目玉は見えない。
もしや音で判断しているのか?
いや、三方向に分かれた時は目標を見失うような素振りだった。
「こちらからの牽制も忘れない…」
洋弓の矢が肉塊を射抜き、体勢を崩した際に隠された目玉を見つけだす。
「やはり、視覚に頼っているな…。
だとするなら…頭を飛ばせば、あるいは…」
遠目に船のシルエットが見えた瞬間、ついに反撃の糸口を掴む。
兼宗が矢に怯んだ隙にAwazonで買い物を済ませ、海側へと回り込む。
「頼む、気づいてくれ!」
ソレに火をつけて数秒後、崩壊した城の上空で場違いな音が鳴り響く。
真っ昼間の晴天に火花を散らせたのは、10本入りの打上花火セット。
約30mもの上空まで打ち上がり、俺と兼宗の頭上を華やかに照らす。
「頼む…この意味を分かってくれ、万次郎!」
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