行き過ぎた愛の罪過
「全ては妙天院の……咲音の存在そのものが元凶!
彼奴さえ…あの女さえいなければ…妾は!」
「な……何を勝手に――!?」
俺は自分の目を今度こそ疑った。
鬼女が…史上最悪の悪女だと思っていた兼宗が泣いている…。
最初は俺達を油断させる為の演技だと思った。
しかし、兼宗は一向に泣き止む気配をみせず、純白の美しい髪を振り乱して嗚咽する。
「本来ならば、妾が正妻の座を射止めておったはず!
なのに…澄隆は許嫁の契りを破ってまで、人間の女を!」
「父上が…元々は兼宗が正妻…」
初音でさえ聞かされてこなかった事実なのだろう。
澄隆公が抱えていた陰の部分、どこか二面性を感じさせる暗部に触れてしまった気がした。
「それでも……それでも!
たとえ側室であったとしても、澄隆の近くに…心を感じていたかった! それなのに…あの女を殺した後も、妾には子を授かることすら…!」
「は、母上を殺めたお前などに、父上が寵愛を注ぐはずがなかろう! 父上は…父上が愛しておったのはワシの母、咲音様だけじゃ!」
二人のやり取りを止められるなら、体を張ってでも止めたかった。
だけど、分かる――分かってしまった。
兼宗が抱える寂しさ、無念、悲しみ…。
その一方で、初音の怒りや不条理な運命も理解できる。
俺には……割って入ることなど許されない…。
「黙れ半端者め!
お前などに…お前にだけは言われとうない!
言うたであろう……最早、最早全てがどうでもよいのだ!」
「初音、俺の後ろへ!」
兼宗は苦し紛れに最後の抵抗を試みると思っていたが――甘かった…。
奴は懐から古めかしい鏡と巨大な鬼涙石を取り出すと、一切の迷いなく鏡を破壊し、一息に鬼涙石を飲み込んでしまった。
あの鏡は…まさか!
「馬鹿な! 貴様……神器を…!
それに鬼涙石を体内に取り込むなど…。
どうなるか分かっておるのか!?」
「どう…でも……よい…。
もう……なにも…かんがえ…ずに…すべてを!」
天守閣全体が振動している!?
いや、これは兼宗の鼓動なのか?
俺の中に息づく動物的本能が危険を告げ、ギンレイは片時も奴から目を離そうとしない。
「ヤバイ…コイツは…絶対にヤバイぞ!
初音、ギンレイ! 走れええええええ!!」
まさに本能だけで行動していた。
叫ぶと同時に、全員が天守閣で唯一の採光部である華頭窓を突き破り、入母屋造りの屋根に倒れ込む。
地上までは目も眩む高さがあり、誰も頭上で起きつつある異変に気づく者はいない。
あと1mだけ余分に飛んでいたら――考えたくもねぇ!
「あ……あ……」
後ろを振り向いた初音が絶望と吐息混じりの声を漏らし、ギンレイの警戒心は許容量を遥かに超えた。
「お…前は……そこまで!
そんな姿になってまで!
振り向いて欲しかったんだろ!?
どうして……諦めちまったんだよ!」
返事は永遠に返ってこないだろう。
鬼涙石を取り込んだ兼宗の体は異常なまでに膨れ上がり、顔も四肢も、全てが醜い肉の塊となって襲いかかる!