悪党の末路 (千代女視点)
「糞が! 下等生物が調子に乗りおって!
だがな、俺は甘くないぞ…。
後詰めの手は既に打っておいた!」
藤九郎は崩れた顔を右手で覆い、天守閣で配下の忍び達へ次々と指示を飛ばす。
しかし、相手の勢いに押された味方は、徐々に後退を余儀なくされていた。
「千代女はどうした!
何故澄隆の首ひとつに手間取っているのか!
この際、初音姫の首でも構わぬ!
奴らの勢いさえ止められれば…」
なんて往生際の悪い…。
この男、昔から立場が危うくなると逃げを打つか、あるいは責任を押し付けて生き残ってきた。
今回はその両方とは…。
いつも煮え湯を飲まされ、血を流し続けてきたのは我ら配下の者だというのに、一向に省みるつもりはないらしい。
私は忍び頭に促され、任務の結果を報告する必要に迫られた。
初音姫の暗殺失敗という報告を…。
「藤九郎様…ただいま戻りまして…御座いまする」
「おお、戻ったか! して、首尾は!?
どちらの首を取ったか申してみよ。
澄隆か、初音か、両方か!?」
忍びとはいえ、武門に違いはないはず。
では、奴と私は何が違う?
男と女の違い?
いや、そんな物で片付けられてたまるか!
「は……どちらも……失敗した次第に――」
口にした途端、激情に任せて蹴飛ばした脇息が顔を掠める。
「この……愚か者め! 失敗だと!?
ならば何故、生きたまま戻ってきた!
忍びならば命を賭して標的を殺すのが筋であろう!」
ずっとそうだ。
感情を押さえつけ、殺意すら表に出すのは禁じられてきた。
故に、私は自我を持った事がないと思っていた……今日までは。
「申し訳も……御座いませぬ…」
あの男……あしなと言ったか。
奴を…あの方を見ていると自分でも不思議と高揚する。
何故だろうか?
きっと私が知らない私を、あの御方が教えてくださるに違いないからだ。
だとすれば――。
「役立たずの愚図めが!
元はと言えば貴様が澄隆を殺し損ねたのが原因であろう!? そうだ……その責は重大である!
よって、この場で死を持ッッ……!?」
「これで……静かに…なっ…た…」
平伏した姿勢の私に不用意に近づく藤九郎。
私は無防備な腹に短刀を突き立てると、拍子抜けするほど、実に簡単に届いた。
そのまま下腹部から胸元まで刀を滑らせると、最後に視線が交錯した――気がする。
「あぁ……えぇ…なん…で…」
「…さぁ…?」
上忍達が一斉に騒ぎ立つ中、詰まらない男は私への処刑よりも、自身の腹からこぼれ落ちる臓腑を受け止める事に必死な様子。
どうしてもっと早く、こうしなかったのか。
今では不思議で仕方がない。
元主が最後の痙攣に耐える姿をじっくりと見ておきたいけれど、これから少し忙しくなる。
「き、貴様ぁああ! 血迷ったか!」
さっきから獣じみた罵声や、そこに転がる塵に涙ながらに語る言葉。
…何もかもが鬱陶しい。
早くこいつらを始末して、あの御方…あしな様の元へ――。
以降、稀代のクノイチ 千代女は甲賀の抜け忍となった後、諸国を巡ったとも、武田の忍び頭になったとも伝えられているが、その真相は定かではない。
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