禁断の想い
「こっちぞ。爺に見つかると厄介じゃからのう」
まさか敵だけでなく、味方からも隠れて行動するとは思わなかった。
後方指揮で多忙を極める八兵衛さんに申し訳なさを感じつつ、コソ泥みたいな動きで裏口へと回る。
周囲を警戒するギンレイは僅かな気配も見逃さず、お陰で敵の目を上手く回避する事に成功した。
「よしよし、ここまで来れば…」
「ここって…何もない空堀じゃないか。
城とは逆方向だろ?」
不敵に笑う初音。
堀の一部を構成する大きな岩を両手で持ち上げると、奥には1m四方の空間が広がっており、最奥部には頑丈な鉄格子があった。
「すごいじゃないか!
よく見つけられたなぁ」
「そうであろう、そうであろう!
箱入り時代は暇で仕方なくてのう。いつか城を抜け出す為、隠し通路は全て把握しておったのよ!」
理由が若干アレな感じだが、確かに戦国の城では敵から攻められた際、外へと通じる秘密の隠し通路が存在すると聞いた事がある。
この大岩の影にあれば外から気づかない上に、鬼属以外の人間が動かすのは容易ではない。
「あとは鉄格子を外せば……錠前?
錠前などあったら逃げれんではないか。
これも壊しておこう」
「普通は鍵を持って逃げるんじゃ…まぁ、いいや」
中に入ると当然、外の光が届かないので真っ暗。
Awazonでヘッドライトを2つ購入して手渡すと、初音は玩具売り場を前にした子供のように瞳を輝かせた。
「ワクワクするのう!
ワシも実際に入るのは初めてなんじゃ」
「ええ!? おま…事前に調べたんじゃないのか…」
初音の無計画を指摘しても今さらである。
俺は観念すると石造りの狭い通路に這いつくばり、何度も頭をぶつけた末に、ようやく出口に辿り着く。
部屋の隅に行灯が灯っているようなので、どうやら城内の一室に入り込めたらしい。
「はぁ~、やっと出られたよ」
「おつかれ……さま……」
その瞬間、死を悟った。
たった一言の労いによって、ここまで絶望する事などあるだろうか?
「あ、はい……どうも」
どうか聞き間違いであって欲しいという願いを込め、クソ狭い穴から身をよじって見上げると――。
「手を……貸しま……しょうか…?」
最悪だよチクショウ…。
そこに居たのは敵のクノイチ、千代女!
こんな場所、こんな状況で再会するとは…。
『はい、どうぞ』と言わんばかりに首だけが外に出た状況は、コイツにとって焼き上がったバーベキューを口にするのと大差がないだろう。
つまり、いつでも殺せるってワケだ。
「…ッッ! ………………え?」
おかしい。
いつまで経っても想像を絶する痛みが訪れず、無言の時間が過ぎ去るばかり。
薄目を開けると――まだ手を差し伸べているだと!?
相手の意図が全く読めない俺は、思いきって相手の核心を突く。
「俺を…殺したかったんじゃないのか?
今なら簡単だと思うんだがな」
「……?
そんなこと……いつでも……かんたん」
もはや判断どころか、話が通じるのかも怪しい!
だが、千代女は俺の肩を掴むと、細身に見合わない驚異的な腕力で穴から引き上げ、そのまま直立させた。
俺は借りてきた猫――いやいや、まな板の鯉同然の心境で対面する。
「あ…の……ここで何…を――!?」
コイツはマジに何を考えてるのか…。
千代女は俺を抱き寄せて濃厚なキスをすると、数秒間だけ見つめ合い、そのまま何も言わず立ち去った。
たった一人、部屋に取り残された俺。
先程の行為が何を意味するのか考え、そして何も浮かばないまま、空虚な視線を漂わせる。
「あしな、あしな!
どうしたんじゃ、誰かいるのか?」
「あ、いや…その……誰もいないよ…もう」
兎に角、判明している事は一つだけ。
俺は彼女に見逃してもらえたのだろう。