反撃の糸口
「…………!!」
誰かの声にならない悲鳴が聞こえた気がする。
俺は咄嗟の判断で初音へ覆い被さり、吹き荒れる木片の暴力から身を挺して守った。
筆舌に尽くし難い痛みが全身を襲い、無数の木片が体を突き破り、容赦なく肉を削ぎ落とす。
「あ、あしな! お主…また無茶を!」
「……っ! ……ふ、ふぅ! …ぐぅ……」
少しでも初音の心痛を和らげる為、声を押し殺して痛みに耐える。
失神を起こさないように意識を繋ぎ止め、絶え間なく続く砲撃から逃げられる場所を探す。
「あれ…だ! 初音…船室へ…」
負傷した体を引きずって扉に手を掛け、混乱の坩堝と化した甲板を後にする。
内部は思ったよりも丈夫に造られており、ここなら少なくとも飛来する木片のシャワーから身を隠せるだろう。
「傷は浅い、気を強く持て!」
「…そう……だな」
ここで膝を着き、体を横たえる事ができたなら――頭の片隅に浮かぶ甘い誘惑を振り切り、反撃の糸口を見出だそうと周囲に目を配る。
「向こう…に…積まれているのは…藁か?」
「そんな事は考えなくてもよい!
今は体を――これ、どこへ行くつもりじゃ!」
心配してくれる初音を余所に、俺の思考はひとつの結論を導きだそうとしていた。
極度に高まった興奮が大量のアドレナリンを分泌し、体内に食い込んだ木片の痛みを忘れさせる。
藁の隙間から怯えた目でこちらを見ている豚や鶏には、どれだけ感謝しても全く足りない。
「なにせ――命の恩人なんだからさ!」
「意味が分からん…。『すまーほ』まで取り出して、こんな時に買い物か?」
むしろこんな時こそAwazonの出番だ。
俺はAwazonで大量の黒炭を買い込み、怪訝な顔をする初音に指示を出した。
「この黒炭をサラサラの粉状になるまで砕いてくれ! 今すぐに!」
「ちょ…あしな!」
事態は一刻を争う。
俺は理由を知りたがる初音を無視すると家畜を押し退けて藁を集め、ポケットに入れたままだった発酵石を丹念に転がす。
発酵石とは、接触した物質を通常では考えられない速度で発酵させてしまう物で、沼地に生息する超大型ツチナマズの体内でのみ生成される、異世界日ノ本でも屈指の激レアアイテムだ。
転がし始めてから数分としない内、黒ずんで腐敗する藁の表面に変化が生まれる。
「…なんじゃコレは。
塩みたいに小さく光っておるのう」
「初音、扉の入口を背にして俺から離れるんだ。絶対に近寄るんじゃないぞ!」
震える手でAwazonから硫黄の粉末と受け皿、そして大型容器とデジタルスケールを購入して呼吸を整える。
城からの砲撃によって船内は激しく揺れていたが、不思議とどこか遠い出来事のように、耳に入る雑音すら気にならない。
「あしな……恐ろしい集中力よのう…」
俺は随分と昔に読んだ鉄放薬方並調合次第《てっぽうやくのかたならびにちょうごうのしだい》に記載されたレシピを思い出し、デジタルスケールで三種類の物質を正確に計量して混ぜ合わせた。
本当に完成しているのか確信はない。
ないが――やるしかないんだ!
「出来たぞ…あしな特製、黒色火薬!」
本当はこんな物、作りたくなかった。
けど、皆を守るには…。
「かや……火薬じゃと!?
お主、こんな短時間で…だが、撃ち出す弾は…」
弾丸なら既に存在している。
勢いよく扉を開け、目の前で指示を飛ばす八兵衛さんに大声で要求を伝えた。
「八兵衛さん、砲手を集めてください!
今から一発逆転の反撃を行います!」