望まぬ歓迎
俺は決意を新たに船内を見渡す。
蒸気機関を備えた黒船は異世界日ノ本ではかなり珍しく、初音や愚連隊の面々は好奇に満ちた目で辺りを見ている。
「コレは九鬼家の持ち物なんだろ?
どうしてお前まで珍しがってんだよ」
「ワシは熊野の屋敷から殆ど外へ出ておらぬ。どうしてこうなったのかのう、父上?」
痛いところを突かれた澄隆公は真っ赤な顔で咳き込み、航路を確認してくると言って足早に立ち去ってしまった。
一部始終を目撃した鬼属兵士からも笑われてしまい、これから戦場に赴くとは思えない、和やかな雰囲気が場を包む。
「殿も姫様の前では形無しよなあ」
背後から届けられた大声と巨大な影。
振り向けば鉄塊の壁と呼ぶべき大男が俺達を見下ろしていた。
「紋七よ、これ程の戦は先の戦乱以来200年ぶりの事であろう。歴戦の雄として、さぞ胸踊る心持ちとみえるな」
「流石は殿の御息女、その通りで御座る。
此度は不覚を取り申したが、我ら九鬼水軍の底力で甲賀の忍びなど残らず打ち倒して御覧に入れましょうぞ!」
まさに竹を割ったかのような豪快な笑い声は、彼の性格を端的に表していた。
他の兵士達も細かい事は気にしないのか、戦場で二度も衝突した万治郎を快く許すと瞬時に打ち解け、旧知の間柄みたいに腕相撲で力比べを始めた。
観衆がそれぞれの陣営に分かれて応援する様子は、とてもではないが戦争前の緊張などカケラも感じられない。
「やれやれ、鬼と腕相撲とか昔話の――」
遠くから聞こえてくる妙な音。
聞き慣れない音は口笛を思わせる高音を響かせ、徐々にではあるが確実に迫ってくる。
「総員、何かに掴まれええ!」
緊迫した八兵衛さんの声と同時に、船の前方で見上げる程の水柱が立ち上がり、衝撃によって平衡感覚と視界が制御を失う。
成す術もなく甲板に叩きつけられた俺は何が起きたのか理解する間もなく、再び耳障りな高音が近づいてくる。
「しかも…今度は複数!」
二、三と続けて出現した水柱の向こう側に、昼間の花火を彷彿とさせる硝煙が見えた。
「砲撃! 我らの城から砲撃を受けておりまする!」
「撃っておるのは甲賀の者共であろう。
委細も構わぬ、臆せず進め!」
報告を聞いた澄隆公は無謀としか思えない指示を飛ばし、船は愚直にも真正面から進軍を試みる。
だが、着弾の精度は徐々に上がっており、運良く被弾せずに接岸できるとは到底思えない。
「…そうだ、こっちも撃ち返して撹乱しよう!
この船には大砲が積んであったじゃないか。
どうしてアレを使わないんだ!?」
閃いた名案を紋七に提案するが、彼は渋い顔をしたまま黙ってしまう。
初音の身を案じた八兵衛さんが近寄り、侍頭が口をつぐむ理由を教えてくれた。
「それが可能ならば苦労はせぬ。
奴らめ…拠点が陥落すると分かった時点で、貯蓄していた砲弾と弾薬を全て廃棄していたのだ! 我らが船を使って強襲する事を見越してな」
「そんな……だったら――」
言い掛けた瞬間、全身に鳥肌が立つ。
近い……近い…近い近い近い近いッッ!
「伏せろおおおお!!」
俺は無意識に叫んでいた。
その直後、一発の砲弾が船の後方に位置するマストを直撃したらしい。