託された想い
翌日、死ぬほど酒を呑み続けた俺は路上で目を覚ますと、無意識に辺りを見渡す。
散らばった空の酒瓶は明らかに宴会の参加者よりも多く、誰もが忘れ難い出来事を無理にでも追いやろうとした結果に思えた。
同じく路上で酔い潰れていた面々の中に、俺が探す人物はいない。
「夢……だったら、なぁ…」
俺が起きたのを知ったギンレイはすぐさま駆け寄り、飼い主よりも大きくなった体でじゃれつく。
「おいおい、もう子供の時みたいに持ち上がらないよ。
初音と飯綱を探すついでに散歩しよう」
白亜の白壁が並ぶ建物の間を歩き、海の向こうにある西班牙を再現した町並みに感嘆の息をもらす。
輝く太陽が純白の壁を照りつけ、美しい港が華を添える。
ちょっとした海外旅行気分に浸っていると、桟橋の先端に見間違えようのないシルエットが浮かんでいるのを見つけた。
「おはよう、飯綱」
「……おう」
絵に描いた仏頂面で挨拶とも呼べない返事をされたが――まぁ、今日だけは許してやろう。
「もうとっくに六月なんだよなぁ。
異世界にも梅雨ってあんのか?」
「…うるせェな、どっかいってろ」
反抗期の娘みたいな事を言われてしまった。
それでも話題を変えて食い下がる。
「海、超キレーだな!
テレビで観たハワイみたいじゃん。
昔の日本もこんな感じだったのかな?」
「…………チッ!」
だんだん相手にされてないナンパ男の気分になってきた…。
今にも折れそうな心を奮い立たせ、会話の糸口を探る。
「宴会の料理、どれも旨かったよなぁ。
飯綱はどれが一番だった?」
「……食ってねェよ。
食う気に……なれなかったから」
特大の地雷を踏み抜いた俺の心は砕け散り、あまりの不甲斐なさに思わず泣いた。
近くにいたギンレイが悲しげな声で心配してくれたのが唯一の救いだ。
「…お前、本当に似てねェンだな。
――はぁ、馬鹿共になンざ付き合ってらンねー」
「あ、おい! どこ行くんだよ!」
飯綱は黒い翼を翻すと一息に飛び上がり、海の向こうへと行ってしまった。
伸ばした手は何も掴めないまま行き場を失う。
「見事なフラれっぷりじゃったのう」
「うげぇ! い、いつから…?」
初音が呆れた顔で背後に立ち、哀れみに満ちた目で俺を見ていた。
「海、超キレーだな! の、辺りかのう。
お主、『てーぶるとーく』下手か?」
どうして落ち込んだ人にそんな酷いことが言えるのか理解できない。
傷口に塩を塗られた俺はますます落ち込み、桟橋の隅でギンレイを抱えて丸くなるしかなかった。
「アホな真似をしておる暇などないぞ。
すぐに黒船のあった港へ来いとの事じゃ。
父上が城を取り戻す準備を始められたのだ」
「澄隆公が?
そうか、ゴえもんが皆の負傷を治してくれたもんな」
起き上がった俺の胸中に、ゴえもんの最後の言葉が響く。
『初音を頼む』
ゴえもんが消えてしまったのなら、飯綱の協力は望めないかもしれない。
だとすれば、俺が初音を守るしかないじゃないか。
「行こう、兼宗と決着をつけに!」