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one more camp

 夕暮れ迫る西班牙すぺいん村に男達の雑踏が響く。

 崩れた瓦礫がれきを撤去して広場を開け、近海から急いで魚を調達する。

 誰もが負傷した身で無理を抱えていたが、誰一人として不満を口にする者はおらず、情熱的な若さと活力に満ちていた。


「アニキ達はゆっくりしててくだせぇ。

 こっちは紋七もんしちのおっさんが張り切っててよぉ、しかも妙に馴れ馴れしいんだよなぁ」


 遠くの方では差し向かいで酒を呑む豪傑達が、珍しく愚痴をこぼす万治郎を手招きで呼ぶ。


「万坊、なにをボヤッとしておる!

 八兵衛殿に酒をみにこい!

 それにしても先程の一騎討ち、実に見事な腕前でしたな! この鳥羽 紋七もんしち、感服の至りで御座ござる!」


「いやいや、薄氷を踏む思いで御座ござった。侍頭である貴殿にそこまで持ち上げられるとは、恐縮至極なり」


 対称的な姿の二人は戦いを通じて意気投合し、互いの武勇伝をさかなにすっかり宴会モードに突入している。


「そういえば不届き者はどうしたのじゃ?」


「連中ならロープとガムテープでグルグル巻きにしてある。あれなら安心だよ」


 煉瓦レンガ倉庫に蓄えられていた食料を残らず引っ張り出し、代わりに甲賀の忍者達は縛って拘束しておいた。

 ふんどし一丁で放り込まれた彼らには気の毒だけど、ここには牢屋などないので仕方がないのだ。


「酒も残らず持ってくるがよい。

 遠慮など無用ぞ。わしが許可する!」


 澄隆すみたか公は自ら陣頭指揮を執り、突貫で大宴会の準備を進めてくれた。


「あの人も怪我してるはずなんだけどな。

 昔からあんな感じなのか?」


「否、今夜の父上は随分と嬉しそうなのじゃ。

 いつもはのう、眉毛をこーんな風にしかめておるのよ」


 額にしわを寄せて眉を吊り上げる初音。

 周りの鬼属きぞく達からも笑いが巻き起こり、穏やかな雰囲気が辺りを包む。

 だが、長テーブルの隅に設けられた一角だけは時が止まったかのように、ある種の独特な空気が漂う。


「その……調子はどうなんだ?

 アンタも俺と同じ体を持ってるなら、明日には動けるようになるんだろ?」


 飯綱いずなに支えられて着座していたゴえもんに話し掛けると、彼は笑って答えてくれた。


「し~んぱいしなさんなって!

 明日にはピンピンしてまさぁ。

 さあさあ、今夜は大いに呑もうじゃねぇか!」


 身体中に包帯を巻いた痛々しい姿に反して、意気揚々とした声は逆に不安をき立てた。

 隣に座る飯綱いずなは片時も側を離れず、力を込めて握った手からは、『二度と離さない』という強い意思を感じる。


「そうか…。

 もうすぐ料理が運ばれてくるよ」


 いつもなら手伝いに行くのに、今回に限っては何故なぜか立ち上がる事すら躊躇ためらった。

 一秒でも一瞬でも、僅かに体を動かしただけで何かが――壊れてしまうんじゃないかと…。

 うまく言葉にできない不安がずっと心に残り続け、どうしても席を離れる気になれなかったのだ。

 それは初音やギンレイも同じらしく、陰のある笑顔を無理に作っている所を見ると、奇妙な申し訳なさを感じてしまう。


「ギンレイ……こっちにきなよ」


 ゴえもんが呼び寄せると即座に腰を上げ、彼の体を労るように鼻を押しつけた。

 ギンレイは左腕の異変に気づくと悲しげな声で鳴き、どうすればいいか分からず、俺の方へ視線を向ける。


「済まない……こればっかりは…」


 Awazonでどうこう出来るレベルではない。

 遥か先の未来からやってきた彼らでさえ、欠損した腕を戻せないし、戻そうともしない。

 理由は分からない――分かりたくない…。


「なぁ~に、腕一本ありゃ酒は呑めるさ」


 運ばれてきた日本酒を口にすると、彼は心底から旨そうな声をあげた。


「くぅ~! これだよこれ!

 ほらほら、ボーッとしてっと折角の飯が冷めるだろ? 食い物ならどんどん出てくるから、食え食え!」


 ゴえもんが食べるのを促すと、テーブルに座った人々はようやく食事を口にする。

 ――信じられない程、とても静かに…。


「…そうじゃのう。新鮮な刺身に酒、舶来の香辛料を使った料理もある。あしなよ、これは何じゃ?」


「それか? この際にAwazonで売ってた調味料を買ってみたんだ。それこそ全部な!」


 ショップに並ぶ品物や居酒屋のメニューを一度に全制覇するってのは、庶民に許された最大の贅沢って感じがして好きだ。

 初音はプレゼントの箱を破く子供みたいに包装フィルムを剥がすと、様々な食材に振りかけて味の変化を楽しんでいた。


「はは、お嬢は相変わらずだねぇ…。

 そうだよ、そうでなきゃ…いけねぇや…」


 食器が立てる僅かな音すら消え去り、誰もが手を止めて釘付けとなる。

 俺はもう、黙っていられなかった。


「ゴえもん…………ゴえもん!」


「…えんたけなわって感じでもねぇが――時間らしい。

 やっぱなぁ、もたなかったかぁ…」


 ゴえもんの体は足元から消え始めていた。

 次第に向こう側が透けて見え、体から沸き起こる不可解な文字の羅列は、もつれた糸が一斉にほどけていくようだった。


「これは…女媧ジョカ様の時と同じ!

 何故なにゆえゴえもん殿が……お主は一体…」


「まぁ、説明すんのは面倒っつーか…。

 それよりもさ、皆とまたキャンプが出来て良かった…」


 声を押し殺して泣く飯綱いずなは彼の腕を必死に掴もうとするが、無情にも彼の腕は実体のない文字となって消えてゆく。

 ギンレイも必死につなぎ止めようとするが、差し出された前足はくうを切るばかり。

 誰もが目の前で起こっている現象に驚き、声すら上げられずにいた。


「アンタここに来る頃には限界だった!

 どうして牢獄で俺なんかを助けたんだ!

 アンタは俺のオリジナルで――俺は…」


「…バカ言っちゃいけねぇよ。

 オリジナルだクローンだとか、くっだらねぇ…。

 お前はもう一人の俺だ。

 自分で考えて、自分の意思で行動できる一人の人間だ。

 だからこそ、分かってるよな?

 自分がやるべき事、初音を……頼んだぞ…」


 膨大な量の文字が周囲を包み、居合わせた人達が負った全ての傷をいやしていく。

 ゴえもんの体は殆どが夜の暗闇と見分けがつかず、辛うじて表情が読み取れるだけとなっていた。


「…アイツに何も…伝えずに逝こうってのか?

 アンタ……それで満足なのかよ!

 もっと自分を…もっと別の道だって…!」


「い…ず……な…。あ…りが……う…。

 きみは……しあ…わせに…なって…」


 飯綱いずなは最後の言葉と同時に口づけを交わすと、彼は星空輝く夜空へと消えてしまった。

 幾重いくえもの光が虚空へと吸い込まれ、見上げた先へ残された者の叫びがあとを追う。


「アタシは…幸せだった!

 アンタと居るのが幸せだったんだよ!

 この……大馬鹿野郎!!」


 せめて最後の告白が届く事を祈って――。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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