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稀代の剣士

 人並外れた大男ならぬ大鬼。

 恐るべき速度で繰り出されるつちは防御など許さず、触れるもの全てを灰燼かいじんしたボロ炭の如く破壊する。

 万治郎は鋼鉄並の硬さを有するユウソウボクの木刀で応戦するが、人間と鬼をへだてる圧倒的な力量差は如何いかんともし難く、俺達が現場に到着した頃には防戦一方をいられていた。


紋七もんしち

 貴様ほどの者が操られておるのか…!」


 言葉の端々に垣間かいま見える驚愕きょうがくと落胆。

 無鉄砲な初音でさえ対峙したまま動けないという事実が、相手の実力を何よりも雄弁に物語る。


「どこかで見覚えがあると思えば…。

 おはらい町を封鎖していた大男か」


 あの時は厳格で頑固な印象だったけど、今では鬼涙石きるいせきを埋め込まれた影響で殆ど会話が成り立たず、正真正銘の狂戦士と化している。


「…やるじゃねぇかよ。

 鬼属きぞくにもホネのある奴がいて嬉しいぜ!」


「もう十分だ! 下がれ、万治郎!」


 必死の忠告も生粋きっすい喧嘩けんか好きには届かない。

 俺の心配に対しての答えは実に彼らしい、鮮やかな暴力で返すつもりらしい。

 万治郎は振り抜かれた攻撃を薄皮一枚が触れるギリギリまで引きつけ、紙一重で致命傷を避けると返す刀で強烈な反撃を叩き込む!


「…むぅっ!」


「おお、見事!」


 決死の一手から攻守を逆転させた万治郎の度胸と技量に思わず喝采を送った澄隆すみたか公は、その精悍せいかんな顔つきを見て、ある事実に気づく。


「もしや……あの者は八兵衛の男子おのこか!

 ならば死なせる訳にはいかんな」


 腰の大小を抜いた澄隆すみたか公は静かに万治郎の隣に立ち、注意深く目の端で忠臣の息子を見る。

 全身からにじみ出る緊張から察するに、相対する紋七もんしちという名の鬼属きぞく武者はこれまでの敵とは別格なのだろう。


「誰だ出前テメぇ! 助太刀のつもりか?

 当方の喧嘩けんかにつまんねぇ横槍入れんな!」


「ふふっ、奇縁というべきか…。

 知っておるか? 50年も昔、お前の父親も同じ事を口にしたのだ」


 大気を震わせる程の攻撃が迫り、二人は別々の方向へと避けて難を逃れる。

 目標を失って地面に突き刺さったつちは、踏み固めた地面を容易に吹き飛ばし、余波を受けた停泊中の黒船は激しく揺れた。


「親父殿だと? しかも50年前…まさか…」


「全くもって、あの日と同じ。

 まるで時をさかのぼった気分じゃ!」


 小太刀とつちが激しい火花を散らし、ふところの間合いで突き入れた太刀が紋七もんしちの脇腹を捉えた。

 吹き出す鮮血が港を赤く染め、俺と初音は思わずガッツポーズで勝利を確信する。


「やった! 父上が勝ったのじゃ!」


「ぬぅ…!」


 喜びもつか紋七もんしちは刺さった刀に手を添えると渾身こんしんの力で握り締め、逆に澄隆すみたか公の体を拘束した。

 微動だに出来ず、無防備な棒立ちの頭部を岩石を見紛みまがう拳が襲う。


「ぐぅぅ!」


 信じられない速度で打ち下ろされた拳は空気との摩擦で炎をまとい、側頭部に当たった瞬間、音速の壁が広がる程の衝撃が走る!


「ち、父上ぇえ!!」


 初音の悲鳴が響き渡る中、普通の人間ならバラバラになっても不思議ではないダメージに澄隆すみたか公は耐えていた。

 しかし、脳震盪のうしんとうだけは避けられず、その場にうずくまって動けない。

 凍りつく周囲に、紋七もんしちが掲げるトドメの一撃が迫る。


「させっかよぉぉおお!!」


 絶体絶命の攻撃を身をていして防いだ万治郎。

 真っ直ぐに振り下ろされた致命の一撃を木刀で受け止めたが、その衝撃で膝まで地面に押し込まれてしまう。


「ぐぅああ!

 お…い、ささっと……逃げやがれ!」


 不退転の決意で矢面やおもてに立つ万治郎に、何度も何度も鋼鉄のつちが振り下ろされ、全身から血を吹き出してもまだ戦いを諦めない。

 正真正銘、最後のトドメが迫った瞬間、爆音をとどろかせたバギーと初音の体当たりが、ほぼ同時に紋七もんしちの膝裏に衝突する。


「おらぁぁああ!」


「不忠なるぞ! 控えよ!」


 時を同じくしてギンレイの牙が紋七もんしちの右手に深傷ふかでを負わせ、相手の腕力を大きく削ぐ事に成功する。

 だが、一連の特攻も僅かに体勢を崩しただけに過ぎず、注意を反らしただけ。

 ――狙い通り、十分だ!


「喰らえ!」


 ベルトに引っ掛けていた秘密道具のトリガーを引き絞ると、2本の電極が飛び出し、鎧の隙間から見える首付近に命中した。

 俺が撃ち込んだのは銃のような見た目のスタンガン『テーザー銃』

 対象を傷付けずに無力化できる暴動鎮圧用の道具。

 まともに喰らったら最後、筋肉が痙攣けいれんして動けなくなる――はずなのだが…。


「う、嘘だろ!」


 テーザー銃は確かに効いている。

 間違いなく正常に機能しているにも関わらず、紋七もんしちは全く怯まず俺ごとバギーを片手で高々と持ち上げ、そのまま遥か後方まで放り投げた。


「あしなぁ! な…は、離せ無礼者!」


 紋七もんしちの巨大な手が初音を掴み、驚異的な握力で小さな体を締め上げていく。

 ギンレイは鋭い牙で噛みつき、肉を裂いて骨まで到達する程の重傷を負わせているのに、赤鬼は殆ど痛がる素振りすら見せない。


「は…つ…ね」


 墜落のダメージで意識が朦朧もうろうとする俺の耳に、痛みに耐える初音の悲鳴が届く。

 地面をって再び初音の元へ戻ろうとした――その時、老練にして溌剌はつらつとした声が潮風に運ばれてくる。


何人なんぴとも姫様への狼藉ろうぜきは許さぬ」


 神速の一閃がくうを斬ったのを皮切りに、幾重いくえもの太刀筋が紋七もんしちを刻む。

 堪らず初音を掴んだ手を緩め、落下した初音は稀代の剣士を労う。


「御苦労…じゃが、少々のんびりし過ぎよのう?

 普段から口煩くちうるさく刻限を守れと言うておったのに……待ったぞ、じい!」


 打ち寄せる荒波と共に姿を現したのは、波切りの異名を持つ男 矢旗やはた 八兵衛さんだ!

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