鬼ヶ城脱出、物語は最終局面へ――
「準備できやしたぜ、旦那」
声のした方を振り向くと、再び隈取りメイクを施したゴえもんが俺達を呼びにきてくれた。
どうやら初音の気持ちが落ち着くのを待っていてくれたようだ。
細やかな気遣いが出来る辺り、流石は俺のオリジナルといったところか。
こんな時、クローンなら『俺こそが本物だー!』って言い出しそうなものなのに、俺って変なのかなぁ?
「おらおら、イベントが押してンだよ。
チャッチャといこうぜ…」
「あぁ、スマン」
横柄な態度で俺の尻を蹴飛ばし、先を急がせる飯綱。
――おかしい。
いつもならヘラヘラ笑って自信に満ちた表情を崩さないのに、曇りきった顔は今にも膝から崩れてしまいそうな程に青い。
「どうしたんだよ。
どこか調子を崩したのか?」
「…アタシじゃねェさ。
それよか、出発の頃合いだぜ……準備しろ」
飯綱は顎で先を示すと、肩の高さまで育った雑草に被われた古い井戸が姿を現した。
「これがゴえもんの話していた井戸か?
マジに何の変哲もないって感じだけど…」
苔むした井戸は随分と昔に枯れてしまったようで、月明かりを頼りに底を見下ろす。
一体どこに繋がっているのだろうか?
初音の方を見ると準備が出来ていると言いたげに、既に履き物を井戸の前に揃えていた。
「…本当に良いんだな?
もう帰ってこれないかもしれないんだぞ?」
最後の選択を前にしても、初音は晴れ晴れとした表情で大きく頷く。
「勿論!
さぁ、ここから始まるんじゃ。
ワシ達の新しい物語が!
そして、いつか伊勢の地に帰ってくる。
必ずな!」
「……そうだな、もう少しだけ見てこようじゃないか。この異世界ってやつを!」
古井戸は大きな口を開けて俺達を待ち構えていたが、不思議と恐怖や不安は感じなかった。
いつの間にか澄隆公とゴえもんも揃い、いつでも飛び込める準備を整えていたようだ。
「半日ほど甲賀の者共に城を預けてやるわ。
戻ったならば――容赦はせぬ…」
歴戦の武将が垣間見せた本性に、思わず背筋が凍る。
初音と顔を見合わせると、緊張と未知の物への好奇心が入り交じった興奮に酔いしれているようだ。
「俺から先に降りるよ」
初音は大きく頷くと、俺の後姿を少しだけ不安げな表情で見送る。
「こんなにも浅かったのか。3mもないぞ?」
「……マズい、追手の声が聞こえるのじゃ!」
言われてみれば複数の男の声。
しかも、かなり近い!
「初音! 飛び降りろ!!
大丈夫だ、俺が受け止めてやる!」
そう言うと初音は僅かな迷いもみせず、裸足で飛び降りる。
「よっ…とぉ!
ほらな、大丈夫だったろ?」
『ないす きゃっち』とか言うと思っていたが、初音は目を伏せたまま俺の顔を見ようとしない。
「え…どうした?どこか痛かったか?」
「…なんでもないのじゃ」
時々こいつは分からない時がある。
そういえば、前にもあったような…。
「いちゃつくのは後にしておくんな!
この光の扉の中へ、急いで!」
釈然としないが言われた通り光の前に進むと、手を前に出すように促される。
「え? こうかな?
……えぇ!?ちょっ!引き込まれ……!」
光の扉に触れると俺の手は抵抗する間もなく吸い込まれていき、焦って振り向くとゴえもんが笑顔で見送っていた。
「この古井戸は水で満たしておきやす。
旦那は先に着いてておくんなせぇ。
では、よい旅を」
彼がそう言うと俺の全身は光に包まれ、瞬間的に意識が途絶えた。
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