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九鬼 澄隆の告白 (初音視点)

 あしな達は随分と深刻な内容を話しているのか、怒号まじりの声が風に乗って聞こえてくる。

 途切れ途切れなので正確には把握仕切れぬが、なにやら未来の世界に関係しておるようじゃが…。


「あちらが気になるか、初音姫よ」


「も、申し訳御座いません!

 父上が話し合いの場を設けてくださったのに…」


 急いで地面に平伏しようとしたところを、大きな手が制止する。

 一際に鼓動が早まるのを感じ、改めて父上の瞳を見据えると晴天の凪海なぎを思わせるように穏やかであった。

 こうして差し向かいで話をするなどと、いつ以来の事であろう…。


「そうかしこまるでない。

 わしも久しく其方そなたに会っておらぬゆえ、こう見えて緊張しておるのでな」


「父上が私に緊張? おたわむれを…」


 伊勢一帯を統べる鬼属きぞくの領主が半人半鬼はんじんはんきの小娘を相手に臆するはずがない。

 あるいはワシの聞き間違えかと思うた直後、父上は夜空を見上げてつぶやく。


「否、明らかに変わった。

 それこそ、別人かと見違えるほどに…。

 ついぞ先日まで乳飲み子だと思うておったが――おっと、ふふ…それは流石に過言であるか」


「いえ、貴方様からすれば初音は赤子も同然。

 現に不自由のない生活にも関わらず家を飛び出し、今日まで放蕩ほうとうの日々を過ごしていた事こそ、動かぬ証拠と言えましょう」


 心に思ったままを伝えると、父上は少し驚いた様子でワシの顔を見据えた。

 そこまで妙な事を口にしたかのう?


「いやはや、ここまでとは…。旅は人を成長させると言うが、これは少々過ぎるのう」


「父上、私は放蕩ほうとうなれど無為むいに時を浪費したのではありません。そろそろ母上と兼宗カシュウの間で起きた過去をお話願えますでしょうか」


 穏やかな表情に影が射す。

 覚悟をもって自分から口にしておきまがら、あまりに踏み込んだ内容に冷や汗をかく。

 だが、もはや後戻りは出来ぬ!


「よいであろう。

 今の其方そなたならば理解できようぞ。

 あれは40年以上も前の事、其方そなたの母 妙天院みょうてんいん…いや、咲音さくねとの出会いまでさかのぼる話じゃ」


 母上の本当の名…。

 懐かしい響きよな――。


「長きに渡って続いた日ノ本の戦乱。

 浮き世はその混迷期をようやく抜け出し、和平への道が拓かれようとしていた最中さなかであった。各國の表立った領土争いは影を潜める一方、水面下では依然として気の許せぬ状況が続いていた」


 勇猛果敢な鬼属でさえ、絶滅寸前にまで追い込まれた戦。

 昔話と思うてしまうが、こうして戦場に立った当事者の口から聞かされると、まさに真に迫るかの如く感じる。


「國を護る戦いだったとはいえ、多くの者を殺めたわしの心は荒みきり、なおも権謀術数が蔓延はびこる毎日に心底嫌気が差しておったのじゃ。――窮屈な家を飛び出した其方そなたのようにな…」


 とてもではないが同列として扱えぬ。

 己の未熟を恥じ入るばかりである。


「そんな折、みそぎの為に訪れた伊勢神宮で人払いをした後、家臣にも打ち明けなかった心根を神前にて吐露した。数々の殺生、汚いだまし討ち、犠牲となった民草の断末魔…。文字通り悪鬼と呼ばれても仕方がないと運命を呪い、あろう事か神に真意を問うた。殺戮の日々に意味はあったのかと…」


「父上…」


 苦悩に満ちた表情が秘めた心痛を物語る。

 命を預けるに値する家臣にも言えぬ心の奥底、どれ程の痛みだったのかは想像すら及ばぬ。


「そこでわしは神託を得たのじゃ。

 ふふっ、信じられるか?

『犠牲となった者にびる暇があるのなら、恒久の天下泰平を成し遂げてみよ』――とな」


「憧賢木厳之御天疎向津比売之命《つきさかきいずのみたまあまざかるむかつびめのみこと》から!?

 なんと……神から直接に御言葉をたまわるとは…」


 思わず息を飲む告白だったのに、父上は僅かに表情を和らげて手を振る。


「ふ、そうではない。そうでは…。

 驚いたわしは声のした方を見ると大木の陰に隠れ、身を潜める者が居るではないか。最初は何処どこぞの刺客しかくかと思うたが、はみ出した装束の袖から神宮の巫女だと気づいた」


「まさか……その御方は――」


 遠い視線に温かな火が灯る。

 混迷の暗闇を照らす希望の光。


「その時こそ我が妻、咲音さくねとのめの瞬間だったのだ」

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