惰眠を貪る民衆
「あー……その、Price Videoだっけ?
そこでは…全部が見られてたってか?
俺や初音の入浴シーンまで?」
居心地の悪さに耐えかね、大して優先度の高くない質問してしまった。
ゴえもんは照れ隠しに大きく咳払いした後、手を振って否定する。
「いえ、そういったセンシティブなシーンは、お連れの方も含めカットされています。代わりに、牢獄での大立ち回りや大惨事一歩手前のシーンは視聴者が大いに喜ぶので、ほぼノーカットで流れるのです」
「…本当にバラエティ感覚なんだな。
そういった番組は観た事があるよ。
けど、俺なんかを見て何が面白い?
悪いがタレントみたいに気の効いた事も言えないし、特別な技能だって持ち合わせちゃいない。普通なんだよ、極普通の一般人さ」
異世界に流れ着いたガンマンや探偵が、どうやってトラブルを解決するのか、言われてみれば確かに観てみたい。
だが、俺は自他共に認める普通の大学生だ。
特別な技能を持たない人間が右往左往するだけの見映えのしない映像に、そこまで需要があるとは思えないのだが…。
しかし、ゴえもんの見解は少し違う。
「貴方は自分が思っている以上に特別な存在ですよ。なにせ、不死身のクローンが異世界で活動しているだなんて、普通は思わないでしょう?」
「え……ま、待てよ……。
それだと、視聴者は全部わかった上で…?」
仮に今の時代、メディアがそんなオーパーツじみた人間を見つけて発表しようものなら――民衆は間違いなく、ヒステリー一歩手前のパニックに陥るだろう。
「未来の世界では日々の技術進歩に対して、人の関心が追い付いていないのが実情です。要は面白ければ視聴者は気にもしないし、通報などもしません。恐らく、考えもしないでしょう」
「そこまで…」
東京などの大都市は隣家の住人も知らず、身近で発生した事故や犯罪にも無関心だと聞く。
未来世界では麻痺に近い感覚が蔓延しているのだろうか…。
ゴえもんは少し悩むような仕草を見せ、次いで俺のスマホを貸して欲しいと言ってきた。
何をするのか知らないが言われた通り、彼にスマホを手渡す。
「感謝いたします。
ここの設定から私の生体認証を通すと…これで手続きは完了です。ずっと観られたままってのは気分が悪いでしょう? だから、私の権限でロックをかけておきました。これで晴れて自由の身ですよ」
「いいのか? あんたの役職上、マズい事になるんじゃないのか?」
頭を掻いて少し困った様子を見せるゴえもん。どうやら、本来は御法度らしい。
「いやぁ、あっしもこっちの世界で生きるんなら、こっちの法に従わないとねぇ。
今日で盗人は廃業でさぁ!」
口調と一人称を戻した表情は、憑き物が落ちたように晴れやかな顔つきだ。
彼には20年に及ぶ苦悩があり、初音を死なせないという目的の為、とことんまで日陰者に徹する覚悟なのだろう。
「ここから少し行った先にある古井戸に、チョイと仕掛けをしておきやした。城主も知らない隠し通路でさぁ。どうやって作ったのかは秘密ですがね。旦那方は『逃亡の末に身を投げた』って事にしておきやす」
ゾッとする程に用意周到。
いや、ある程度予想していたのだろう。
彼は一度、この下らないゲームをクリアしたと言っていた。
多分、ある程度のストーリーは出来上がっており、完全とは言えないまでも予測が可能なのだと思う。
「初音を救う……か」
未だ親子の会話を続ける鬼の巫女は、一体どんな結末を望んでいるのか――俺には予想もつかない。
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