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飯綱とゴえもんの関係

「い、飯綱いずなのラボを訪れた時に感じた既視感も、『異世界の歩き方』が既に書き込まれていたのも――全て! アンタの記憶や経験を引き継いだから…」


「そうさ、お前はあの場所で生まれた。

 Awazonに先を越される前に、アタシ達がお前の意識を元の世界から引き抜いてな」


 一気に吐き気が込み上げ、再び戻しそうになったがギリギリでこらえる。

 正直、自分が立っていられたのが不思議だ。


「…未来の世界ってのはね、貴方が思っているような住みやすい、気分の良い天国みたいな場所じゃあないんです。嫌な奴もいれば、どうしようもない悪党もいる。色々な人達がいるんです…。その殆どが電脳空間に居て、私みたいに肉体を持つ者は極少数です」


「電脳…肉体が……ない!?

 わから……ない…何故なぜ!?」


 ファンタジーなイメージの不老不死と、サイバーチックな電脳空間のイメージが噛み合わず、脳が思考を拒む。

 だが、ゴえもんは構わず話を続けた。


「想像してみてください。

 貴方の世界でもネットがあるでしょう?

 もし、その中に住めるなら…年齢も容姿も性別も人種も、全てが自由だ。無限のエネルギー、わずらわしい労働もない自由な生活。一度でも体験したなら――私でもとりことなり、全てを忘れて永遠に続く娯楽エンターテイメントを楽しんでいたのかもしれません」


 駄目だ。

 なまじ理解できる分、理性が拒否反応を示す。

 初音を助けたいが為、その志を曇らせないように、ゴえもんは肉体を持ったまま計画を練り続けたのか…。


「俺が今まで頼りにしてきたAwazon…。

 これも未来の道具だってのか…?」


「そのスマートフォン。

 外見は指紋の位置や細かい傷に至るまで、全て精巧にコピーされています。その上で全く別の端末にすり替え、未来のアプリをインストールしておきました。その証拠にバッテリーの心配はなかったでしょう? そして、未来のアプリから呼び出された道具は、この世界の武器では傷一つ付けられません。既に何度か見ましたよね?」


 そうだ、スマホは崖から落ちたり、初音の馬鹿力で殴られても傷すらつかず、『異世界の歩き方』は千代女の銃弾を受け止め、バギーは何度も特攻したり事故ったのに、新品同然の状態を保っていた。


「なん…の為に…何の為にこんな事をする!?

 意味が……意味が分からない!!

 20年間も…お前……初音は実在しないって……仮想現実ゲームだと言ったのに…」


 狼狽うろたえた俺は自分の感情すら制御できないまま、頭に浮かんだ疑問をぶつけた。

 それでも――ゴえもんという男は揺らがない。


「私のとって初音は現実でした。

 ギンレイも八兵衛さんも、お江さんやおらんさん、お鈴ちゃんや万治郎も…全部、おはらい町の皆は確かに生きていた。それこそ、電脳空間に引きこもった肉体を持たない現実の人間よりも、遥かに人間として生きている! 貴方もそう思った、そうでしょう? だって、貴方はもう一人の――」


「お前の…………クローン…だから…」


 現実という名の大地がグラつき、足元から崩れてしまいそうな感覚。

 未来の技術で造られた不死身の体。

 都合よく記憶と経験を受け継ぎ、自分の力で今日まで生きてこられたのだという、僅かな自信さえも粉々に打ち砕く程の衝撃!


「それでも全てが計画通りに進んだ訳ではありませんでした。現に、関宿で貴方達が全滅するというシナリオは私達も予想が出来ず、女媧ジョカに搭載しておいた保護機能を使って、辛うじて事態を収拾したのですから」


「あの時、やっぱり俺達は――」


 八兵衛さんによって体を分断され、明確に感じた死の予感は本物だった。

 それどころかギンレイや万治郎、初音まで…。


「あン時は確かに焦りまくったぜ。

 けど、想定外だったのはアタシ達だけじゃねェ」


「想定外?」


 口にした直後、運命という言葉を思い出す。


「そう、貴方達と関宿の住人には申し訳ないのですが…私達にとって、あの出来事アクシデント僥倖ぎょうこうと言えました。何故なぜなら――。」


「運命を――初音の死を回避できたのか!?」


 本来なら今夜だった死期を前倒しにした事で、運命に狂いが生じたのかもしれない。

 期待を込めてゴえもんの方へ視線を向けるが、汗と苦悶くもんの表情に晴れ間は見えない。


「……当初、私達もそう考えました。

 女媧ジョカが破壊されるか、又は初音の生命に危険が迫った際、発動するように仕込んでおいたプログラムが起動し、Awazonのシステムに侵入してストーリーを改竄かいざんした直後は。しかし、Awazonのセキュリティは私達の想定域を大きく超えており、そう遠くない内に多大な強制力を発揮してシナリオを修正するでしょう」


「そん…な! だったら全部無駄なのか!?」


 ゴえもんは青ざめた顔をゆっくりと横に振る。

 復調したとは到底言えない酷い顔色ながらも、瞳に宿る意思の炎はいささかもおとろえてはいない。


「そうでは…ありません!

 女媧ジョカが開けてくれたセキュリティホールは…小さいですが、確実にシステムの一部を侵食して…シナリオを変えてくれました。後は…この僅かな隙を……もっと…大きく!」


「む、無理すンじゃねェ!

 ただでさえアンタの体は不安定なンだ!

 これ以上は…本当に――」


 飯綱いずなが今にも倒れそうなゴえもんの体を抱え、見慣れない錠剤を手渡す。

 彼はもう自分で飲む力もないのか、血の気が引いた震える手が虚空を彷徨さまよう。

 その時、飯綱いずなは迷いなく行動を起こした。


「え…………えぇ!?」


 飯綱いずなは錠剤を口に含めるとゴえもんに口移しで飲ませ、しばらく二人は無言で見つめ合う。

 突然の事で俺は――なんというべきか、意外?

 いやいや、20年も一緒に居れば…なぁ。

 考えてみれば、飯綱いずなは出会った頃から妙に馴れ馴れしいところがあった気もする。

 それもそのはず――か。

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