ゴえもんの不調
「おい! アンタ……大丈夫なのか?」
「へへっ、こう見えてね…若い娘さんに心配される歳でも…ねぇのさ…」
空を舞う飯綱が並行して声を掛けた。
言葉でどれだけ強がったとしても、尋常ではない量の汗と小刻みに震える肩が彼の不調を物語る。
「初音、岸に着いたら少し休もう」
「分かっておる。
ワシも――聞きたい事が山ほどあるんじゃ」
初音が言っているのは、ゴえもんに関する事ではないのだろう。
今回の騒動は不明な点が多すぎる。
俺も話をしなければならない。
黙秘を貫く飯綱とゴえもんにな――。
「……まぁ、いい頃合いか…ねぇ」
「………………」
達観した様子の大泥棒と修験者。
ボートがようやく岸へと着岸すると、彼の体調は一人では歩けない程になっていた。
肩を貸すと同時に、ずっと心に引っ掛かっていた疑問を口にする。
「千代女とやりあった傷が原因か。
アンタ、何故そこまでして俺を助けた?
二見興玉神社の一件だってそうだろ。
澄隆公の指示を受けたアンタは俺達を追って賓日館の天井に隠れ、いざって時に助けに入るつもりだったんだ。違うか?」
「…よく、御存知で…。
処刑…を免れる為の…裏取引って…奴でさぁ…」
息も絶え絶えに経緯を話すゴえもん。
その最中、いつになく毅然とした表情の飯綱が話に割り込む。
「アンタはちょい休んでろよ。
アタシにも聞きたい事があンじゃねェのか?」
「質問嫌いは――治ったらしいな。
やっと思い出したんだよ、俺はアンタ達をよく知ってる。異世界に来るずっと前から…」
気を失うたびに見ていた夢は記憶の断片だ。
声の主はゴえもんと飯綱。
その頃から二人は何か――目的があって協力し、行動を共にしていた。
「そうだ。このフザけた世界でゴえもんと知り合い、とある協力を持ち掛けられ…話に乗ったのさ」
「やっぱりな。俺達が伊勢を離れた時も、ゴえもんの所へ行ってたんだろ?」
「ああ、その間もお前らをモニタリングしてた。
流石に全滅しかけた時は焦ったがな…」
一瞬で熊野から関宿まで移動したのか。
未来人である飯綱は未知の道具をまだ隠し持っているのかもしれない。
だとするなら危機を知った直後、リアルタイムで駆けつけられたのも納得だ。
事の真相が明らかになりつつある中、それまで沈黙を守ってきた初音が口を開く。
「よかろう。
三者とも存分に話をするがよい。
父上、ワシも貴方様に聞きたい事があります」
「うむ、少し見ぬ間に大きくなったのう。
今なら…全てを打ち明けられる」
初音は俺の方に視線を向け、小さく頷くと少し距離を取って澄隆公と話を始めた。
あの親子にも色々あるのだろう。
この機会に双方のわだかまりを解くといい。
「ここからは私に話させてください」
驚くほどに落ち着いた声が響く。
見れば僅かに体調が回復したゴえもんが傍に立ち、襟を正して会話を加わろうとしていた。
先程までの飄々とした雰囲気は微塵もなく、サラリーマンじみた生真面目さが滲み出る。
「それが本来のアンタなのかい?
随分とまぁ――お堅いじゃないか」
散々に気を揉まされた為なのか、自分でも意外な程に嫌味っぽい台詞を口にした。