鬼涙石の秘密と遥か先を往く者
「ど、どういう事だ!
奴はたったいま倒したじゃないか!」
緊張に耐えかねた俺は声を荒らげ、猛然と抗議を口にする。
だが、飯綱は平然とした態度で拘束された兵士に近づき、前髪を掴んで額から伸びる二本の角をこちらへ向けると、思わず絶句してしまった。
「これは……鬼涙石!
額に埋め込まれているのか…?」
角の間には血の色を思わせる鬼涙石が輝き、兵士は苦しげな声で呻き続けている。
単なる宝石だとしか考えていなかったが、これが何を意味するのか俺には見当もつかない。
「甲賀忍者が総出ンなって石を盗んでた理由がコレだぜ。鬼と正面切って喧嘩するなンてリスク取るより、洗脳して奴隷にした方がよっぽど楽に國が盗れるって寸法さ。そうすりゃ伊勢を内包する豊かな國と、最強の軍勢が丸々手に入る。
――あの爺さんも含めてな」
「爺が石を持っておったのは……やはりのう。
妖刀に操られながらも、ワシらに『めっせぇじ』を残してくれたのじゃな」
八兵衛さんは兼宗の謀反に繋がるヒントを俺達に伝えてくれたという訳か。
その一方で、石を埋め込まれた鬼属が我を忘れてしまう理由を尋ねると、澄隆公は苦い表情で答えてくれた。
「鬼涙石は凡百の宝石とは一線を画す奇跡を有しておるのだ。鬼属が持つ闘争本能を刺激し、不毛な戦いと血を求めるだけの存在に貶めるという奇跡をな…」
「ンで、暴れる鬼を従えさせる為のアイテムが伊勢神宮に安置されていた八咫鏡なのさ。コイツを取り返さねェと――っとと! おい、話の続きはあとにすンぞ!」
俺は飯綱が口にする現実離れした会話に聞き入り、地下牢に大挙して押し寄せる足音に気づくのが遅れてしまった。
重々しい音から察するに鎧武者の一団だろう。
熊野は鬼属の本拠地だとするならば、相手は全員が初音以上の力を持った集団だという事。
いくら澄隆公が強くても多勢に無勢、俺達の不利は火を見るより明らかだ。
「ここはあっしにお任せあれ。
今度は藁人形を依り代にしてっと…。
ちょ~いと失礼させていただきやすよ」
ゴえもんは澄隆公の体を手尺で採寸すると胡散臭い呪文を唱え、適当な印を結ぶ。
すると、足元に置いた人形から白い煙が上がり、あっと言う間に等身大の姿へと変わっていく。
ブクブクと白い泡が表面を被い、次第に息遣いと服飾まで備えた人の形を成す。
「お、おお!? 父上が……増えた!」
再び作り出した本物そっくりの身代わり。
改めて見ても原理がサッパリ分からないが、ひとつだけ言える事がある。
そう、ゴえもんが術だと言い張るのは全て嘘偽りであり、これは異世界の魔法やらスキルなんてファンタジーじゃない!
一連の仕業を見た澄隆公でさえ驚愕の表情を隠せない事から、ゴえもんは俺の知る世界など及びもつかない未来か、又は別世界から来訪したのは明白だった。
「なんせ――全部、思い出せたんでな…」