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絶望の淵 (初音視点)

「な、何故なぜ…ここで母の名を…?」


 母上が御隠れになって以来、もう20年以上が過ぎようとしていた。

 幼かったワシは御尊顔を殆ど覚えておらんが、今も記憶の片隅には優しく抱き締めてくれた御姿だけは留めておる。


何故なぜも糞もあるか、あの目障りな畜生女ちくしょうめが!

 最初から澄隆すみたかわらわを正妻に選んでおれば、こんな苦労をせずとも済んだのじゃ! 全く忌々しい!」


「母上を侮辱するのは兼宗カシュウ様とて許しませんぞ!!」


 前言撤回を求めて猛然と抗議するが、兼宗カシュウ様は火照った体をそよ風に晒すかのように、悪びれた素振りを微塵も見せない。


「ふん、半鬼が意気がりおって。

 ――思い出したぞ。そういえば、あの女の最後もそんなふうであったわ」


「母上の最後!?

 流行り病で亡くなったと…父上は人という種族であれば、避けようのない運命なのじゃと仰って……」


 足元が崩れていく感覚に陥る中、かたわらの藤九郎とうくろうまでもが不敵な声を上げてあざける。


「フッ……ク…ハーハハハッ!

 失礼! 余りにも憐れなもので、つい…」


「貴様っ! 無礼にも程があろう!

 父上の面目メンツを考えて今日まで我慢してきたがそれも限界じゃ! そこになおれ、この手で成敗してくれるわ!」


「…………血とは因果な物よ。

 最後の台詞せりふまで同じとはな…」


 意味深な御母様の言葉。

 だが、もはや何も聞きたくない!

 力ずくで黙らせようと体当たりを試みるが、簡単にかわされて無様にも地べたに突っ込んでしまう。


「普段は母と慕っておったのに、都合が悪くなればこの通りか。

 これは強めの仕置きが必要かのう?

 藤九郎とうくろう殿や」


「確かに、婚礼の日時までは生かしておきまするが、邪魔な手足は切り落としても構いませんなぁ?」


 藤九郎とうくろうは僅かな逡巡しゅんじゅんさえ感じさせない流れる動作で、音もなく鯉口を切る。

 まさか……本当に、父上の御膝下でワシを…。

 正気とは思えぬ!

 平伏したまま兼宗カシュウ様へ視線を向け、あの御方の口から言って欲しかった。

『お前の聞き間違いである』と…。


「好きに致せ。

 さすれば、少しはおのが立場をわきまえるであろう」


 血も凍る提案に味わった事のない恐怖が身を包む。

 藤九郎とうくろうは遂に刀を抜き放ち、ゆっくりとした足取りで近付く。


兼宗カシュウ……御母様…」


「そう呼ぶなと、何度言わせる?

 やはりしつけが足りぬと見えるな」


 吹き荒れる吹雪よりも冷たい視線がワシを見下ろし、更に死の気配を十全じゅうぜんみなぎらせた白刃が迫り来る。


「安心致せ、手足を失おうともたっぷり可愛がってやるわ。犬のようになぁ!」


 眼前で無慈悲に振り下ろされる刃。

 ワシは絶望のあまり目を閉じ、来るはずの痛みに耐えようと目を閉じてしまった。


「どうしたんだよ…。

 いつもの……お前らしくない…な…」


 温かい…。

 それに、この匂いは……。


「旦那ぁ! 無茶ですぜ!」


「あしな…? お主…腕が!」


 地下牢に居たあしなはワシと藤九郎とうくろうとの間に割って入ると、自分の身を犠牲にして刀を受け止めてくれた。

 しかし、その代償に左腕は無惨にも切り落とされ、大量の血が吹き出す。


「伊勢の簒奪さんだつまでもう少しだというに!

 邪魔立てするならお前から斬り殺してくれるわ!!」


 再び大上段から繰り出された攻撃は、成す術もなくあしなの首へと到達すると、そのまま……。


「あぁぁ…嘘…嘘じゃぁぁああ!!」


 鮮血と泥で汚れたあしなの首が、虚ろな目で視線を交わした瞬間、体から意識が途切れるのを感じた。

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