地下牢にて異変あり (初音視点)
あれから半日程が過ぎたかのう。
座敷牢は城の奥深くに設けられた離れにあり、窓もないので外から情報を得る手段も限られておる。
しばらくは大人しくするつもりじゃが、心配事があるとすれば『あしなの件』よなぁ。
兼宗様は今すぐあしなを処刑するつもりはない、と思いたいが…。
否、そのつもりがあるならとっくにやっておるか。
女中から聞いた話だと長い間、気を失っておったようじゃが、その程度で済ませてもらったと考えるべきじゃろう。
そうなると父上の暴走が目下において最大の懸念かもしれぬ。
なんぞ妙な勘違いを抱かれなければ良いのじゃが…。
心配の種が尽きぬところで、城内が不審なほど静かな事に気付く。
そういえば、先程まで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた女中達の姿が見えぬ。
「誰か、誰かおらんか。少し喉が渇いてしまってのう、茶を一杯所望したい」
声を掛けたが返事はおろか、人の気配すら感じられない。
「…ほんに妙じゃの。
まるで深夜みたいに静か――!?」
その瞬間、下から突き上げるような音と衝撃に襲われた。
天井から無数の埃が落下すると、再び辺りは静寂が包み込む。
「地震……では…ない!
今のは爆発じゃ!
場所は…地下…なぜそんな所で……まさか!?」
城屋敷の構造は熟知しておる。
今まで外へ出れなかった分、屋敷の中は自由に動けたからの。
このような時に日頃の退屈しのぎが役に立つとは思わなんだわ。
地下、そこは罪人を閉じ込めておく牢屋!
あしなの身に何か異常な事が起きておるやもしれぬ。
奴はよほど追い詰められないと、そうそうこんな無茶をする男ではない。
だとしたら…。
「誰か! 地下牢で何が起きたのか見て参れ!
おい!聞いておるのか!?」
どれだけ騒いでも女中どころか護衛の兵すら駆けつけぬ状況に、遂に確信を得るに至る。
「これは明らかに異変じゃ!
ここまで派手に事が起きておるのに、騒ぎや足音一つ聞こえて来んなど――あり得ぬ!」
城屋敷には多くの兵や女中、父上や兼宗様までおるというに、誰も何の異常も感じておらぬとは考え難い。
幸い…と言うべきか、座敷牢には鉄格子などなく、その気になればいつでも出れるが、父上の面目を潰してしまう事にもなりかねん。
どうする!? 一体どうすれば…ッ!
「…あぁぁあああ!! もぉぉぉおお!!
考えるの面倒くせぇのじゃぁぁああ!!」
金箔貼りの襖を豪快に蹴り飛ばすと、そのまま地下牢へ向けて無人の廊下を駆け出す。
意図的に足音を立てているにも関わらず、やはりワシの脱走を止めようとする者は現れなかった。
そして長い廊下を曲がった直後、信じられない光景が双眸に飛び込む。
「こ…これは! お前達…何があった!?
しっかりするのじゃ!」
城内の者が至る所で倒れておる!
付近には湯飲みや酒瓶が落ちており、水を使った埋伏の毒である事は明白じゃった。
皆、眠ったように倒れ伏し、呼び掛けても全く反応がない。
死んではおらんが、強靭な鬼属の兵ですら昏倒させる程の毒とは…。
「つい先日も同じ症状の者を見た…。
そうか! あの忍び…千代女の仕業か!」
だとすれば先程の爆発も…。
――あしなが危ない!
もはや、迷っている暇などない。
あの女は兼宗様と同等の危うさを孕んでおる。
何をしでかすのか分からない危うさを!