九鬼家揃い踏み (初音視点)
「お久しぶりです、父上。
初音はただいま戻りました」
実家に戻るのはいつ以来かの。
随分と…いや、もはや他人の家のようじゃ。
「初音? …は、初音ぇぇええ!!
よくぞ…よくぞ戻ってきてくれたのぅ!」
父上…少し痩せたのじゃろうか…。
大変な心配を掛けて申し訳ない事をしてしまった。
この御方は本当に、嘘がつけない正直な鬼じゃのう…。
肩を震わせる父上の背後から、風を斬る軍配にも似た御母様の鋭い声が響く。
「澄隆様、あまり甘やかすと下々の者に示しがつきませぬ。ここは厳正な処罰が必要かと存じ上げまする」
「えぇ~!? そんなぁ…ボクとしては初音ちゃんが帰ってきてくれただけでじゅブゲェぁ!!」
おそろしく速い平手打ち。
ワシでなきゃ見逃しちゃうね。
この御方…兼宗様も相変わらず容赦がない…。これではどちらが領主なのか皆目分からぬ。
手加減なしの平手はまるで西洋の『ぎろちん』を彷彿とさせるわい…。
あんな物、ワシが一度もらったなら首が8つあっても足りん。
「さぁ、澄隆様。
主君として厳正な処罰を」
「ちょちょちょ、待ってよ兼宗ちゃ~ん。
そんなに怒ることないじゃん?
ねぇ? 初音ちゃんもそう思ゥバァァアア!!」
とうとう平手どころか拳まで…。
まともに喰らった父上は錐揉みしながら壁に激突した後、なおも『どりる』の如く激しく回転して見事な風穴を開けた。
目の前で起きた壮絶な折檻を目撃して、背中に冷たい汗が流れるのを止められない。
ワシ…今日死ぬかもしれん…。
「こぉの…親バカも大概にしやがれ!
折角、妾が穏便に済ませてやろうってのに! テメェには主君としての自覚がねぇのか!?」
嗚呼、遂に本性が…。
恐ろしい、もはやワシどころか周りの重臣達ですら怯えきって平伏するばかりじゃ…。
「ご、ゴメンよぉ! ちゃんとするから、だから許して兼宗様ぁ!」
岩盤に穴を開ける程の攻撃が続くが父上は気丈にも耐え切り、体は平気でも既に心は粉々に砕けておった。
ワシが家出などしたばっかりに…父上…。
城屋敷の一室は壁が残らず吹き飛び、向こう側の景色が嫌でも目につく。
今日も…海が綺麗じゃのぅ……。
「はぁ…はぁ……こいつ、体だけは馬鹿みたいに丈夫に出来てやがる…っ! いいか! 初音は許可するまで座敷牢行きだからな!」
ようやく兼宗様は納得なされたのか、それとも体力の限界を迎えたのか、どちらとも判別できぬがワシの沙汰は決したらしい。
「ち…父上…? 御無事…ですか……?」
不可侵の神仏に触れるように、恐る恐る父上の御尊顔を覗き込むと足首まで地面に埋まっており、地の底から微かに『大丈夫…』とだけ返事をして頂けた。
本当に、本当に申し訳ない…。
ワシは、初音は喜んで座敷牢の刑に服する所存じゃぁ…。
涙ながらに立ち上がると重臣達も手を取り合って泣き、未だ埋められたままの父上の足首を前に、すがるように平伏する。
なんという光景じゃ…まさに世も末よ…。
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