流転
「怪我はないか?」
俺の声が届いていないのか、初音は今も町の方向を向いている。
じっと感覚を研ぎ澄ませるが視界には深い緑が広がり、人影もギンレイも見当たらない。
あれから町を離れ、バギーに乗って神奈備の杜の入り口までやってきたが、ギンレイを置き去りにしてしまった事や町の人達を巻き込んでしまったのを悔やむ。
「…ギンレイは賢い子じゃ。
狼は鼻が効くので『ほぉむ』の場所も覚えておろう。心配しとらんよ」
俺を元気づける言葉とは裏腹に、視線は町の方へと向けられたままだ。
「そうだな…」
今の俺には力なく肯定してやる事しかできない。
再びアクセルを開けて走らせるが、いつもより意識して速度を落とす。
「大丈夫、きっと戻ってくるぞ」
「…そうでなきゃ困るさ」
ホームを離れていたのは数週間だけだったというのに、少し見ない間に印象が変わったように感じた。
異世界に来て以来、あれだけ慣れ親しんだホームが全く別の場所みたいに感じたのだから、本当に不思議だ。
それは初音も同様らしく、既に見知った場所を初めて訪れたみたいに触れてみたりしている。
「さ…てと、まずは…何するんだっけ…」
自分の事だというのに、なんだか妙にらしくないというか…他人事のように感じてしまっていた。
「そうさな…まずは食事じゃろ。匂いに釣られてギンレイが帰ってくるやもしれんぞ」
「あぁ、確かに……そうだな」
少しでも帰宅の助けになれば。
その思いが強く出たのだろう。
無理にでも元気を出そうと勇んでホームの中へ入り、食事の準備を始めようとした矢先――。
「…な!? あ、足跡が……こんなに!」
洞窟の地面に目を落としてようやく気付いたが遅かった。
入り口から初音の緊迫した声が響く。
「は、離せ! 無礼であろう!」
「初音!」
一体どこに潜んでいたのか。
初音は複数の鬼属と思われる兵士に拘束され、身動きが取れずもがいていた。
「どうしてここがバレた!?」
――最悪だ。
連中はとっくにホームの場所を特定して、待ち伏せていたのだろう。
ホームの中は見慣れない足跡があちこちに残され、奥の鍾乳洞まで続いていた。
刀や槍を持った兵士達がにじり寄ってくるが、俺にはどうしようもない。
忍者を撃退した時のような奇襲は複数相手に通用するとは思えない。
半ば諦めの境地にいたところ、森の奥から高圧的な声が投げられる。
「やれやれ、今回は流石に手を焼いたぞ?
のう――初音姫や」
声の主は白い…そう、全身が白一色で統一された女。
向こう側が透けて見えるのではないかと思わせる白い肌。
清流に純白の絹を流したような長い濡れ髪。
夜空に瞬く星を連想させる瞳は紫水晶の如く輝き、美しさと触れ難い冷たさを内包している。
そして…その整い過ぎている相貌からは似つかわしくない2本の角。
もしや、この鬼は…。
「貴女は…兼宗…御母様…」
「な!?」
そんな…亡くなっていると思っていたのに。
初音の…母親!?