苦渋の決断
「まて、まてまてまて!
落ち着いて状況を整理しよう」
このままでは証拠もないのに、議論だけが有らぬ方向へと進んでしまう。
一抹の懸念を抱いた俺は一旦議論を打ち切ると、宿の台所から湯を借り、残っていたヒグレタンポポの珈琲を皆に振る舞う。
部屋に充満するヒリついた空気に珈琲の芳香が交わり、ほんの僅かだが緊張の糸が解れたように感じる。
「うぉ、苦! なんすかこれ。
こうへい? 渡来の茶なんぞ見たことねぇ」
「ふっふーん、珈琲も知らぬとは万治郎はお子ちゃまじゃのう。あ、砂糖ましましが旨いぞ」
珈琲体験二度目でもうマウント取るのかよ。
初音はAwazonで買った貴重な砂糖をドバドバ放り込み、もはや珈琲というより砂糖湯にして飲んでいる。
人それぞれの楽しみ方に否定はしないけど、それで他人を子供呼ばわりするとは…。
「飯綱がここに居ない以上、無用な憶測はやめておこう。それよりも――」
珈琲を飲み終えた初音へ視線を向けると、鬼の巫女は服の裾を正して今日の本題を告げた。
「各地で暗躍しておる悪党の目星はついた。
しかし、同時にワシらが森田屋に居る事も露見し、このままでは遠からぬ内に敵方は本腰を入れて接触するは明白。そこでワシらは再び神奈備の杜へ――」
「待ちな、それってぇのはよ…逃げるってことかよ? 冗談じゃねぇぞ!」
それまで冷静さを保ってきた万治郎がとうとう吼え、我慢の限界を迎えてしまったようだ。
けれど、ここで本題を有耶無耶にする気はない。
「待て」
それ以上は言うな。
短い言葉だったが十分に俺の意思は伝わったのか、万治郎は口を噤んだまま、部屋には重苦しい静寂が漂う。
その最中、ゆっくりと話の堰を切ったのは初音であった。
「では…どうする? お主達が森田屋の者を巻き込みたくないのは分かる。
だが、それはワシも同じじゃ。相手は一国の城主と忍びの頭領、どうやっても勝ち目などない」
理屈では分かっている。
それでも、納得できるかどうかは別の話だ。
…決断しなければならない。
「…あの忍者には逃げられたけど、相当な怪我を負ったはず。
だとすれば、直ぐには動けない。
明日の朝、ここを出てホームへ戻ろう。
それからの事は…その時に決めよう」
再び静寂。
これが現段階で取れる最善、そう信じたい。
初音も無言で頷き、一応の同意を得られた。
万治郎は憮然とした表情のままだったが、自分でも無茶を承知しているのか、それ以上の事は口にしなかった。
だが、そんな重苦しい空気の中で小さな息を潜ませ、襖の向こうで会話を聞いてしまった者が居た事など、俺達には知る由もない。
「いや…初音ちゃん…折角、お友達になれたのに…遠くへ行っちゃうの?」
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