奪われた三種の神器
夜明け近くに見慣れた町に到着すると、ようやく助かったという実感によって、心の底から安堵の溜め息をつく。
町を出て以来、野盗の襲撃や八兵衛さんとの死闘、更には因縁の相手であるクノイチ 千代女とまで再戦した事で、心身ともに疲れ果てていた。
そして何よりも、共に出発したメンバーが二度と戻らないという事実が重くのし掛かる。
飯綱は女媧様をスマホやパソコンと同じようなモノだと言っていたが、あの方には他者を思いやる心があり、俺達も確かにそれを感じていたのだ。
「神奈備の杜とは方向の違う緊張の連続だった。
今は……ただ体を休めよう…」
「そうじゃな。
しばらくは宿で休息を――騒がしい…何事か?」
この時間帯は市場も立っておらず、通りを歩く人も疎らなはずなのに、大勢の男達が門の前を引っ切りなしに走り回っている。
誰もが汗だくの顔に怒りの感情を漲らせ、一触即発の近寄り難い雰囲気を感じさせた。
「俺達が留守中に何かあったのかな?」
「分からぬ。分からぬが……まず間違いなく、町を揺るがす程の事件が起きておる!」
正直、勘弁願いたい。
それでなくとも疲労困憊の極みだというのに、ここにきて厄介事のお代わりなんて沢山だ。
そんな事を考えながら門を通り過ぎると、見覚えのある格好をした少年が声を掛けてきた。
「あしな兄さん、おかげさんです!
おれは愚連隊所属の三平太って者っす。
万治郎さんの使いで兄さんをお待ちしてやした」
「俺を?
町で何かあった事と関係してそうだね。
用件は道すがら聞かせてもらうよ」
三平太と名乗った子は14歳前後で、真新しい特攻服を着ていた。
顔馴染みではなかったので、愚連隊には最近入ったばかりなのだろう。
森田屋へ戻る道中、彼から聞いた顛末は驚くべきものであった。
「伊勢神宮に賊が侵入しただって!?」
「はい、そこで奉納されていた鬼涙石と八咫鏡が奪われたって話っす。お陰で町はこの通り…」
言われて見れば町全体が殺気立ち、宝物を盗んだ犯人への怒りに満ちているようだ。
「なんたる…なんたる暴挙か!
各地の鬼涙石だけでなく、神器まで狙うとは……不遜の極みぞ!」
神宮の巫女である初音は怒りに震え、全身で義憤の無念を表す。
無理もない話だろう。
俺だって世界は違えど日本人。
それを象徴する神器が盗まれたともなれば、とてもではないが安穏としていられない。
「どのような者かは知らぬがワシらが――」
言いかけた初音が言葉を詰まらせる。
そう、俺も同じ事を考えていたところだ。
恐らく千代女は誰かの命令で石を集め、その過程で八兵衛さんを操り、利用していたのだと思う。
だとすると、甲賀忍者である千代女を束ねているのは――。
「体を休めてる場合じゃなさそうだな」
「そう……じゃな」
各地の宝物や鬼涙石を奪う者達と、自分の実家が関係しているかもしれない。
その可能性に気づいてしまった初音の心境は、どれほどの不安に襲われているのだろうか…。
キャリーリュックから顔を出すギンレイは、消沈した少女を慰めるように鼻を鳴らしている。