鬼娘の結婚(仮)
「え…? ……えぇ! こ、婚約者!?」
苦々しい表情を浮かべる初音。
そういえば初めて会った時に言っていた、婚約がどうだとか…。
意に沿わない結婚を押しつけられ、それに反対する形で家出を決意したんだったな。
初音はその件について余程触れてほしくなかったのか、今日まで婚約者の存在はおろか、名前まで伏せていたというワケだ。
「だけど、その婚約者…しかも、なぜ忍者が?」
「女の素性に気づいた当初、実家がワシを連れ戻す為に探しておったと考えたのじゃが――不審な点が多すぎる。ワシに化けてまで飯綱の家に侵入しようとした事。爺に妖刀を持たせ、操っておった事。
そして、各地で鬼涙石の強奪…。
どうにも解せぬ。やり方があまりにも手荒ぞ」
初音の推測は俺も的を得ていると思う。
九鬼家の領主 澄隆公が家出娘を探すのに忍者を使ったのであれば、八兵衛さんを利用してまで鬼涙石を集めるとは考え難い。
「あの女……飯綱の道具や俺のスマホも狙ってた。それを使って何かするつもりなんじゃないのか?」
肝心の目的までは分からないけど、間違いなくロクでもない悪党の臭いが漂う。
だとするなら、クノイチは単なる実行犯に過ぎないのかもしれない。
「闇に紛れそういった働きをさせるならば、忍びはうってつけじゃ。公に出来ぬ事なら尚更な」
「予想外の大事になってきたな」
あまりに多くの情報が入ってきて思考がまとまらないが、ここは一旦外へ出て森田屋へ戻ろう。
2階から外を見ると、先程の衝撃と音で目を覚ました神社の関係者が館の入口に集まってきていた。
「ここで面が割れると厄介じゃ。
下手をすればワシらが盗人と勘違いされかねん」
「ああ、石は後で必ず返しにこよう」
急いで裏口へ回り込むとギンレイは垣根の陰に身を屈め、俺達が来るのを待ってくれていた。
「流石はワシの賢可愛い弟じゃ!
もうここに用ない。早々にずらかるぞ」
「その台詞、本当に俺達が悪者みたいじゃん」
初音はガマ口から取り出したキャリーリュックにギンレイを押し入れ、30kg近い重みを軽々と背負い、準備完了を告げた。
俺は呼び出したバギーのエンジン始動と同時に、クノイチとの再戦を果たした賓日館を後にする。
「さっきチラッと見たら、神社の者達は全員無事じゃたぞ」
「そうか、良かった…」
自分達が原因で誰かが傷ついたりするのは避けたい。
今回、物的被害はともかく、人的被害が出なくて幸いだった。
しかし、どうする?
もし、森田屋の人達が巻き込まれでもしたら…。
――考えたくもない。
そんな不安を感じさせず新品同然のバギーは、おはらい町への道を快調に疾走していく。
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