豪華絢爛! 賓日館の決戦
「お、おい…嘘だろ…」
その部屋、と言うには余りに大き過ぎる空間は、学校教室など比較にならない広さを誇り、ちょっとした体育館並であった。
そして、家の中では絶対にあり得ない、豪華絢爛を体現した能舞台が突然、その姿を現す。
「素晴らしい…まさしく宝ぞ…」
束の間、俺達はクノイチ追跡を忘れ、絵画の中に迷い込んだような感覚に陥り、圧倒的な美の情報量を前に酔いしれる。
大広間の中央にはいくつもの椅子が置かれ、能舞台を座って正面から見る事ができた。
いつか、こんな場所で一度くらいは能を楽しんでみたいものだ。
「凄い、こんなに広いのに柱もない」
「天井たかっ! 全然届かんのじゃ!」
お前は森田屋の押入れでも届かんだろうが。
思っていても決して口にはしない。
なぜなら死にたくないから。
「それより、奴はどこへ行った?
ここには逃げる所も、隠れる所もないのに…」
恐ろしく広い空間の隅々まで目を凝らし、手負いの痕跡を探るが全く見つからない。
調べ尽くした俺が天井を見上げていると、それまで全く吠えなかったギンレイが、天井の一角へ向けて急に吠え始めた。
「どうしたんだギンレイ?
まさか…天井裏に潜んでいるのか!」
「忍びならば定番中の定番じゃ。
貴様の居場所は判明した!
神妙に姿を現すがよい!」
全員の注意が頭上へ向けられた直後、無防備な俺の胸を衝撃が貫く!
「……え?」
瞬間、全ての音が消え去り、俺は自分の意思とは無関係に床に倒れ伏す。
「あしな…? あしなぁぁあああ!!」
何が起きた!?
耳がッ…酷い耳鳴りがする!
どうして?
転んだのか?
胸の辺りが痛む――なぜ?
駆けつけようとした初音の背後から音もなく影が忍び寄り、無抵抗な四肢をギンレイごと瞬時に縛り上げる。
「なッ!? お前は…!」
こちらからは逆行で顔が見えない。
が、こんな事をする奴はひとりしかいない!
初音は驚愕の表情を浮かべ、渾身の力で体を縛る縄を引き千切ろうとするがビクともせず、背後からはギンレイの悲痛な声が届く。
「あまり……暴れませぬように…その縄には…鬼封じの……印……が…施して…あります…」
「くっ、あしな! しっかりせい!」
必死に叫ぶ初音。
何だ…痛ぇ……。
「無駄……即効性の……毒を…弾丸に詰め……心臓…に撃ち込んだわ…。不死とはいえ……しばらく……動けない…でしょ?」
クノイチの手には古めかしい拳銃が握られており、今も硝煙を上げている。
やっと頭がハッキリしてきた、コイツに撃たれたのか!
警戒していた天井とは別方向から撃ってくるなど予想しておらず、恐怖よりも裏をかかれた事による悔しさが上回り、全身に熱い血が巡るのを感じた。
「……すごい……どうして……動ける…の?」
服の間から『異世界の歩き方』が滑り落ち、本が閉じられると同時に跡形もなく消え去り、床には一発の銃弾が残された。
不死である俺が致命傷というのも妙だが、兎に角これのお陰で助かったのだ。
念の為、二見興玉神社の守衛所を離れる際に仕込んでおいて正解だった。
「なるほど……運の…強い殿方……素敵」
この一言で俺はブチ切れたんだと思う。
右腕を振り上げ猛然と走り、クノイチに力任せの一撃を繰り出すが視界が急に反転、気付いたら俺の体は冗談みたいに宙を舞い、大広間の椅子目掛けて派手に突っ込んでいた。
「ッゥ!! あぁ!」
全身に及ぶ強烈な痛みによって呼吸すらままならず、畳に突っ伏して動けない。
「しかも…勇敢です……そのまま…寝ていれば……特別に…生かしておいて……あげます……今は」
奴はそう言って初音を抱え上げると、背を向けて館を後にする。
いやぁ、ここまで頭にきたのは初めてだなぁ。
俺はいう事を聞かない膝に気合いを入れ、再び立ち上がった。
「…なぜ? ……また…死にますよ?」
「初音を…離せよ……巻き込みたくねぇからさ」
奴は言われた通り初音を離した。
意外とは思わない、むしろ正解だ。
俺は最後の力を振り絞り、バギーを呼び出すと渾身のキックペダルでエンジンをかける。
「それが……奥の手?
……果たして…当てられる……かしら?」
「テメェの心配してろ! クソ陰キャ!!」