美しきクノイチとの再戦
口には出さないが――最悪の展開だ…。
コイツは八兵衛さんとは別ベクトルでヤバい!
驚異的な身体能力に加え、骨格を自在に変化させて全く体格の違う初音に変装したり、腕の間接を外して鞭のようにして襲ったり等、それこそ手段が多様な分だけ何をしてくるのか予想もつかない。
「わたし……あれから…ずっと、会いたかった…。
今度こそ……必ず……わたしの……ものに!」
早速、予想を超えてきたな。
クノイチは艶やかな声で宣戦布告を述べただけでなく、魅惑的なボディラインをくねらせ、俺の奥底に眠る男を誘う。
口には決して出さないが――正直、本能に訴えかける程の欲望を感じてしまう。
俺は頭を振って邪念を払い、ポケットに入れたスマホとガマ口に指を伸ばして臨戦態勢を整える。
ギンレイは油断なく間合いを読み、決定的な一撃を与える隙を狙っていた。
「忍びよ、お前には聞きたい事がある。
身を正し、神妙に答えよ!」
初音は怒気を含んだ声で一喝すると、八兵衛さんが妖刀 村正を手にした経緯を問う。
俺は相手が答えるはずがないと思っていたが、クノイチは意外にも素直に真相の一部を口にした。
「ふふ……おじいちゃんの……事ね。
思った以上に……使えたわ…とても…捗ったのよ」
「やはり…やはりか!
それだけ聞ければ十分じゃ、今度こそ往ねぇ!」
振りかぶった動作から繰り出す右拳はクノイチ目掛け、弾丸の如く破壊のエネルギーを保ったまま空中を飛ぶ。
「それは……もう…見た!」
命中するかと思われた一撃は直前でかわされ、本殿の分厚い木製扉を吹っ飛ばすに留まる。
「初音! 他の人や神社には当てるなよ!」
「分かっておるわ!」
だが、恐るべき威力を持った攻撃をどれだけ放とうが掠りもせず、ギンレイがクノイチの動きを抑えようと果敢に援護するが、まるで宙を舞う羽を思わせる動きに翻弄され、相手の力量が遥かに上だという事を思い知らされる。
「考えろ……考えるんだ!
こんな時、アイツが最も嫌がるのはどういう状況だ? 俺も戦いに参加する事か?
――違う! 悔しいけど殆ど役に立たねぇ!
もっともっと、多くの力が要る……そうだ!」
俺は心苦しい気持ちを飲み込み、戦いの場を離れて反対側の門に位置する守衛所に向け、まっしぐらに走り出す。
程なくして行き着いた建物の戸を思い切り殴りつけ、是が非でも協力を仰ぐ。
「ここなら警備の人達が残って――!?」
守衛所の窓から見た光景に息を飲む。
10人近い男達は争った形跡もないまま床に倒れ、とっくに無力化されていたのだ。
改めて、クノイチの用意周到な犯行に背筋が凍る思いを味わう。
男達はどれだけ大声で呼び掛けても返事がなく、治療しようにも症状が分からないのでお手上げだった。
「クソッ!」
いきなり出鼻を挫かれたが立ち止まっている余裕などない。
結局、駆け足でとんぼ返りするしかなかった俺は激しく飛び回るクノイチへ向け、ガマ口に仕込んでおいた取って置きのアイテムを放つ。
「初音、ギンレイ! 離れてろよ!」
ガマ口から取り出したのは重さ1tに及ぶ大岩!
クノイチの頭上から複数の岩を降らせ、一気に勝負を決めに掛かる。
だが、奴は予め落下地点を知っているかのように次々と岩をかわし、高速で迫るギンレイの牙を短刀で易々と受け流す。
「甘いわ……あなた……こんなものじゃない……でしょ? それとも……また……死んでみる?」
信じられない…。
全部で12個の大岩を意図も簡単に避けきり、初音とギンレイを同時に相手にしても、余裕の表情を浮かべているだなんて…。
コイツの方がよっぽどチートじゃねぇか!
けれど、おはらい町に滞在していた頃、万が一に備えて色々と準備しておいた。
八兵衛さんには使う前に行動不能にさせられたが、今回はキッチリ役立ててみせる!
「まだまだ、これならどうだ!」
月明かりを遮る程の影が地面に映り、巨大なナニカの落下を知らせる風切り音が響く。
「また……同じ手?
芸のない……少し……買い被り……過ぎ――!?」
「いや、俺はそこまで安い男じゃないぜ?」
上空から落下してきたのは、作りたてのインスタントセメント。
泥々のセメントはどれだけ素早くとも、完全に回避するのは不可能。
そして、運良く避けたとしても地面を覆い隠し、捉えた相手の機動力を大幅に奪う。
「チィ! こんな泥で…わたしの動きを…封じられるものか!」
「悪いけど、そうでもないんじゃね?」
俺が言うよりも早く、クノイチが全身に浴びたセメントは硬化し始め、明らかに動きが鈍る。
そう、購入しておいたセメントは速乾性!
原理は全く不明だけど、ガマ口に収納した物は時間や外界の影響を受けなくなり、熱い物はずっと熱いまま、落下している最中の岩は位置エネルギーを保ったまま収納されるのだ。
「流石はあしな♪
動けない忍びなど鴨撃ち同然じゃ!」
初音の剛拳が唸りを上げて敵を打ち抜く!