シンプル・イズ・ベスト、サワグリの塩汁
砂抜きが完了したサワグリを再びダッチオーブンに入れ、キノモトワラビとタケノコ、岩塩を加えた適量の水で煮ていく。
熱湯ではなかったとはいえ一度湯にさらしたからなのか、煮始めた直後から仄かな香りが立ち込める。
一般的なアサリより一回り大きな身は見るからに食べ応えがあり、先ほど狼に食べさせた時も確かな弾力を指先に感じたばかりだ。
「これは期待大かな~♪」
その間にナイフで食器製作に取りかかったが、豊富に存在するフタバブナは広葉樹である為、細かい加工には向いていないようだ。
何度かトライしたが木の硬さに加えて小さな節が邪魔をして、思うような形に切り出すのが難しい。
「ナイフ一本だとやっぱ限界があるわ。
カッコいい木皿とかコップが作りたかったんだけどなー」
木工製作が行き詰まってしまったので発想を転換する。
やはり、限られた道具と技術では、元の生活水準を取り戻すのは厳しい。
では、どうするのか…。
加工が難しいなら別の素材を使えば良い――例えばこの竹はどうだ?
古来から様々な物に使われており、食器としてのポテンシャルは十分に秘めているだろう。
まずは空き缶容器から卒業する為にコップ作りから始める。
適当な長さと太さを持った竹の上側の節を切断して、下側の節だけを残す。
「………え、これでコップ完成じゃね?」
ちまちまと空き缶に水を受けていたのが馬鹿らしくなる程、あっさりとフタ付コップができてしまった。
気を良くした俺は続いて器の製作にも着手するが、適当な長さと太さを持った竹の両端の節を残して半分に割るだけ。
…今度は一度に2枚の皿が完成してしまった。
この調子で箸やスプーン、串などを次々と製作していくが、どれも簡単で見た目のクオリティまで中々の物に仕上がるという、竹の持つポテンシャルを改めて認識する結果となった。
出来上がったばかりのスプーンで食材の灰汁を掬い上げてみたが、必要十分にして壊れた際の代替も直ぐに用意できる点が素晴らしい。
まだ灰汁を完全に抜くまでには時間が掛かるだろうが、全く問題ない。
異世界では有り余る程の時間が流れているのだから。
「出来たばかりのお玉でアクを取っておこう」
タケノコや山菜にはシュウ酸が含まれており、食べ過ぎると結石の原因となってしまう。
それ以外にも臭いや渋味の原因にもなる為、料理のクオリティを上げたければ灰汁を丁寧に取り除いた方が無難と言える。
次第にダッチオーブンから流れる香りは強まり、空腹も相まって待ちきれない気持ちが膨らむ。
逸る気持ちを抑えてスープを掬い取ってみると…。
「おお! …おぉ!? う、旨い!!
これは文句なし! サワグリの塩汁完成だ!」
思わず驚きの声を挙げてしまう程の深み!
急いでトライポッドからダッチオーブンを外し、完成した料理を竹皿に盛り付けていく。
ぱっくりと口を開けたサワグリは芳醇な香りを伴って見る者を誘い、タケノコの白とキノモトワラビの緑が彩りを添える。
乳白色のスープは貝の旨味が溶け出し、一口しただけで深い味わいの虜になってしまった程。
「朝からちょっと贅沢させて…頂きます!」
限りない食への感謝を伝え、主役を張るサワグリを口に運ぶと――思った通り!
全身が貝柱のような弾力を持ち、噛むごとに旨味が溢れだす!
熱を加えた事で身は縮んだものの、逆にそれが本来の弾力以上の食感を生み出す結果に寄与したようだ。
シンプルな岩塩だけの味付けも相性抜群で、サワグリの出汁を存分に楽しめた。
「なんだよコレ…無限に食えるぞ…」
キノモトワラビの苦味もアクセントとして秀逸な働きをみせ、タケノコのシャキッとした食感と僅かな渋味も癖になってしまう旨さ。
有り合わせの食材で作った料理だったが、想像以上の味に朝から大満足の一時を過ごさせてもらった。
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