襲撃者、再び
どれだけの時間が経っただろう――。
泣いていた初音を膝に乗せ、一緒に夜の海を眺める時間は一瞬の泡沫に見る夢のようだった。
2人の体温が触れ合う肌を通して伝わり、背負った悲しみを半分だけ癒す。
「ワシ…爺はまだ生きておると信じておる。
けれど、今回の一件で痛感させられた。
もう…危険に身を投じるのは辞めじゃ。
お主まで……失いとうない」
「……熊野へ戻るのか?」
静かに頷く初音。
あれだけ実家を毛嫌いしていたのに、俺が専属シェフになっても良いという言葉を受け、とうとう帰宅を決心したのだ。
どこか気恥ずかしい気持ちと嬉しさが交錯し、その一方で長かった旅の終わりを予感させ、少しだけ寂しいと感じてしまう。
「楽しかった『きゃんぷ』も此にて仕舞いじゃ。
共に帰ろう、熊野へ…」
「ああ、俺も一緒に――」
元の世界への帰還を諦め、初音と共に熊野へ向かう決心をした直後、それまで物音ひとつ立てなかったギンレイが耳を立て、二見興玉神社の方へ唸り声を上げ始めた。
優れた狼の聴覚が不穏な気配を察知したのかもしれない。
神社の近くで火を焚いたり食事をするのはNGだと考え、そこから少し離れた砂浜まで移動したのは正解だった。
ここなら万が一、神社に侵入者が現れた場合でも即座に駆けつけられる。
「複雑だけど、八兵衛さんの可能性もある。
ここは慎重に進も――お、おぉ?」
テントのキャノピーをはね除け、急いで神社へ向かおうとした背中に柔らかな感触を感じ、思わず立ち止まってしまう。
「いくでない!
いけば……今度こそ命はないかもしれぬ。
女媧様が一命を賭して救ってくださったのだ、もしも…爺だったならば、正気を失ったままだったならば、今度こそ…今度こそ!」
「初音…」
小さな体を震わせて訴え、俺を危険から遠ざけようと必死になって止める。
だが、勢い勇んだギンレイはテントを飛び出し、一直線に神社へと向かう。
「よせ、ギンレイ! 戻ってこい!」
興奮したギンレイは俺の指示を無視して走り、あっという間に見えなくなってしまった。
明らかに通常とは異なる反応!
宵闇に覗く神社はここから見た限り、特に異常は感じられない。
あの先に何があるというのだ?
「初音、約束するよ。
俺は絶対に死なない。
そして、お前も必ず守ってみせる!」
「あしな……ワシも、ワシも一緒じゃ!」
瞳の奥に強い意思が宿る。
この様子では説き伏せても無理についてくるだろう。
だとするなら、一緒に行動するべきだ。
「戦いは極力避けよう。
まずはギンレイを追うぞ」
俺達は地形の起伏や遮蔽物に身を隠しながら、警戒して神社へと近づく。
万が一、侵入者が八兵衛さんだった場合、今度こそ殺されてしまう。
ここは戦いを避け、状況を確認するだけに留めるつもりだった。
しかし、篝火に照らされた神社が見えてきた頃、驚愕の事実が判明する。
「柵の門が…開いているだと!?
それに人が倒れて――」
門番は開いた門に背を預け、激しく体を揺さぶっても全く目を醒まさない。
死んでしまったのかと息を飲むが、外傷はなかったので気を失っていただけのようだ。
安堵した矢先、初音の緊迫した声が届く。
「あ、あしな! そこに…誰か居るぞ!」
限られた神事でしか開かれない本殿の扉が開け放たれ、神社の関係者と思われる人々が門番同様に倒れている。
目を疑う事態にあって、ただ一人の女が闇夜に佇む。
「……そうだろうな、そうだろうよ!
八兵衛さんが現れた時点で分かってたんだ。
この崖を越えるのも、お前なら余裕だったろ?」
「ふふっ……少し……見ない内に……素敵よ」
正直、会いたくないやつ暫定1位だ。
手にした鬼涙石を玩ぶのは、神奈備の杜で襲ってきたクノイチ!
八兵衛さんに匹敵する強敵を前に、全身の毛穴から冷や汗が吹き出す程の緊張感が俺を包む。