唐突の水着回
「冷たくて気持ち良いのう!
ハハハ、待たんかギンレイ!」
純白の砂浜、豊かな青い海。
まるで海外ビーチのように透き通った水が、異世界とはいえ同じ日本だとは思えない印象を与えていた。
ビーチボールと大型水鉄砲を手に、夢中でギンレイと戯れる初音。
そして、初めての海水浴でテンションが振り切れてしまった鬼娘を尻目に、怪訝な表情の禊を行う人達へ必死に頭を下げる俺。
「騒がしくて申し訳ありません!
あ、いえ……あれは娘です。ハイ…」
周りの女性参拝者は白の着流しで肌の露出を控える中、ウチの初音さんは惜し気もなくグラマラスな体型を披露する。
相変わらず整った顔立ちながらも、童顔・低身長に魅惑的なボディラインを備えており、奇妙なアンバランスと無自覚のコケティッシュを感じさせた。
そうなると必然、参拝に訪れた多数の男性陣から、よからぬ視線を一身に受ける事となるのだけど、当の本人は全く気にした様子はない。
「あ~、ちょっとバギーのエンジンに不備が…。
すいませんね、すんませーん!」
呼び出したバギーのイグニッションをひねり、キックペダルを踏み込むと騒音に近いエンジン音を響かせ、ついでにクラクションの点検も済ませておく。
集まった男共はいきなり背後から爆音を浴びせられ、驚いて一斉に逃げてしまった。
「――点検終了。
もう夏か、虫が集まる時期だな」
よくない虫は早めに追い払うべきだろう。
それはそれとして、いつ鬼涙石を狙う輩が現れるか分からない中、目立つのは避けたいと思っていたのに…俺って本当、大馬鹿野郎。
「まだまだ遊び盛りの年頃なのかなぁ」
やんちゃな子供を持った親の心情を、これでもかと痛感させられる。
二見には遊びに来たワケではないのだが…。
「あの…初音さん? そろそろ……」
まるで苦手な上司と話すみたいに、酷く遠慮がちに声を掛けたのだが、見事な無視を食らう。
俺は肩身の狭いサラリーマンか?
放っておくと一人で水深のある所まで行きそう――っていうか、コイツは絶対行く。
そんな確信めいた不安を抱え、容赦なく照りつける太陽に晒されているとギンレイが心配してくれたのか、甲斐甲斐しくも俺の所まで駆け寄って来てくれた。
「えぇ子や、お前は本当にえぇ子やでぇ……」
波打ち際でギンレイと駆け回る一時はこの上なく充実すると共に、心の平穏とは何なのかを改めて考えさせてくれる貴重な時間であった。
昼をとっくに過ぎた頃、ようやく、よ~やく初音は満足して砂浜から上がってきた。
良かった、このまま夕暮れまで粘るのかと覚悟していたところだ。
「たまには息抜きも必要であろう?」
「まぁ、否定は……しないさ」
思えば昨夜は緊張の連続で、こうして再び日常に触れる機会を得られた事自体、奇跡に等しい。
初音の言う通り、貴重な時間だと思うよ。
「神社の造りや地形を確認しておこうか」
浜辺から続く参道を進むと、次第に目的であった場所が見えてくる。
二見興玉神社。
海を望む雄大な景色と、縁結びや夫婦円満を象徴する二見岩を象徴とした神社だ。
「う、うむ。
こう…胸中の邪念が晴れていく思いよのう」
「ああ、どうやら鬼涙石は無事のようだ。
本当に、間に合ってよかった」
ところが、初音は何故か胸を張ったり、顔を押さえたりと挙動不審な動きを繰り返している。
急にどうしたんだ?
「その…素晴らしい神社であるな!」
「お? お、おぅ」
次に言う事は『腹が減った』だろうか?
ここでも二拝二拍手一拝を行い、お藍さんの回復に感謝の意を伝える。
それに――言えなかった女媧様のお礼も…。
神社の立地は沿岸ギリギリに建てられており、すぐ脇は断崖で守られていた。
「随分と変わった場所に建ってるね。
この崖を降りて裏から侵入するのは無理か」
神社の前後は高い塀に守られ、両脇は海と断崖に挟まれている。
各地の神社から鬼涙石が奪われている中、ここが無事な理由が理解できた。
参拝後に波間から顔を出す二見岩を眺めていると、初音が何かを見つけたようだ。
「このカエル面白いのう、ピッカピカじゃ~♪」
カエル、転じて帰る・返ると同じ意味を持つ縁起の良い生き物として祭られているが、猿田彦大神の神使とも言われている。
その御利益を得ようと参拝者が撫でていくので、金属製のカエルは少しずつ表面が擦れていった結果、鈍い金色の光を放つまでになっていた。
「お前も大変だなぁ…」
カエルを労うように頭を撫でていると、初音が元気一杯に口を開く。
「よし! そろそろ昼餉の時間じゃな」
…コイツと関わっていたら、俺はエスパー能力に目覚めるかもしれん。
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