握られた手掛かり、鬼涙石
本来なら相当価値のある物だったであろう宝石は、万治郎の手の中で無惨にもバラバラに砕けていた。
「いつ拾ったんだ?
出発の時には持ってなかったのに」
今までの付き合いで万治郎の性格や趣向はとっくに把握している。
彼は一般的な価値観とは大きく異なる部分で平然と命を懸ける男、決して宝石欲しさに民家を荒らすような真似はしない。
「それがよぉ、気づいたら握られてやがったんだ。まるで覚えちゃいねぇが、当方は親父殿からの伝言と受け取ったぜ。おい、烏女はどう思う?」
「烏って…アタシの事かよ。
ちょい待て、コイツは――鬼涙石じゃねェか!
そうか、これで点と点が繋がったな」
鬼涙石?
初めて聞く鉱石の名を『異世界の歩き方』で調べると、日ノ本でも滅多に産出しない稀少な宝石で、高値で取引されているらしい。
しかし、八兵衛さんは何故これを?
飯綱はまだ抱き着いたまま離れようとせず、槍襖のような初音の視線が怖くて堪らない。
「以前、噂は2つあるって言ったのを覚えてるか?
コイツが残り1つ、神社仏閣から消える鬼涙石の謎さ。いま、近隣の國中から次々に盗まれてるぜ」
「なんと罰当たりな!
これは民衆や領主が無病息災を願って奉納した物。それを欲望に駆られ、手をつけるなどとは…断じて許せん!」
心ない行いに憤る初音。
その被害は伊勢にも及んでおり、既に相当数の石が奪われてしまったそうだ。
「次に狙われるのはどこなのか、町ではその噂で持ちきりってワケだ」
俺の胸に顔を擦り寄せる飯綱。
さっきから初音が途轍もない重圧を向けているのに、コイツの精神力も大概だな!
「なるほどね、ところで…お前ならもう、アタリをつけてるんだろ? そろそろ教えてくれよ」
一刻も早く結論を出す為、情報処理のエキスパートに答えを急かす。
早く――俺が殺される前に!
「この辺にも椿大神社ってデカいトコがあったンだが、既にやられちまったらしい。ンでだ、アタシの予測だと次は…伊勢に近い、二見興玉神社が狙われるとみた!」
「確かに、二見も由緒ある神社。
鬼涙石も奉納されておったのう。
だとするなら――可能性は十分じゃ!」
もしや、椿大神社の石は八兵衛さんが?
村正も桑名宗社にあったというが、だとするなら何が目的で石を集めてるんだ?
「アニキ、当方は石ころなんざ興味はねぇ。
それよりも、親父殿の情報が欲しいんだ。
悪いが一度、町に戻ろうと思う」
「ああ、万治郎は八兵衛さんの捜索にあたってくれ。俺達はこのまま二見興玉神社を調べてみるよ」
万治郎は飯綱を片手で持ち上げると馬の背に放り投げ、有無を言わせず出発した。
俺が意識を失っている間、父と子に何が起きたのかは知らない。
けれど、父親と刃を交えた事で明らかに万治郎の心境には変化が生まれ、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせ始めたように思う。
彼の背中を見送る最中、俺は失った女媧様の事を考えていた。
俺が異世界に来てからずっと、陰ながら見守ってくれていた女神。
「結局、謝罪もお礼も言えなかった…。
環境の変化もあったんだろうけど、俺は勝手に誤解して必死に逃げ回ってた…」
「あの状況ならば仕方がない。
それにしても、最後の『めっせぇじ』…。
皆の傷を癒したのも恐らくは――」
昨夜の戦いで最後まで生き残っていた初音は、どこか物思いに耽るように空を見上げ、去ってしまった女神へ向けて静かに手を合わせた。
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