一心堅固の誓い
「…お主らが覚えておらんのも無理はない。
ワシにも皆目理解が追いついておらぬが…。
見たまま、起きたままの事実を伝えようぞ」
神妙な顔つきの初音は地面にどっかりと腰を据え、今から話す内容が相当に濃い事を示唆する。
極力、憶測や感情を排した口調は淡々としており、だからこそ真に迫るリアリティを否が応にも感じてしまう。
彼女が口にした事柄はどれも信じ難い…いや、信じたくないと表現した方がしっくりするような、凄惨を極めたものであった。
「当方はあの時……そうか、そうだろうよ…」
八兵衛さんと斬り合った結果、壮絶な戦死を遂げたのだと知った万治郎は驚愕すると同時に、どこか俯瞰した気持ちで事実を受け入れたようだ。
「ワシも直接視認した訳ではないが、鬼夜叉と化した爺が相対した敵を見逃すとは思えぬ。恐らく、ワシらは一度――」
「待て、その先は言わなくていい」
想像すらしたくなかった。
俺だけなら兎も角、みんなが死んでしまうだなんて…。
いや、それだけじゃない。
女媧様が自分を犠牲にして俺達を助けてくれたという事実が、徐々に心を締めつけていく。
「あのよォ、その、あー…アレだよ…」
泣き腫らした顔を両手で隠し、酷くバツが悪そうに言い淀む飯綱。
先程の告白もあって、普段は絶対に見せない態度が気になって仕方ない。
常日頃から質問というコミュニケーションを極度に嫌う彼女に、思いきって理由を尋ねてみると――。
「アイツは……女媧は人間でもねェし、ましてや神でもねェ。あれは端末……そう、パソコンやスマートフォンに近い。実際にゃ比べ物になンねェ程の、高度な技術のカタマリだが…」
俺は息を飲み込んだのに、脳内は極度の緊張で酸欠を起こしつつあった。
「女媧が『すまーほ』じゃと?
まるで意味が分からぬ。
どう見ても別物であろう?」
初音と万治郎は揃って困惑の表情を浮かべていたけど、実際には俺だってパニックに陥る寸前だ。
俺は特別に信仰深いワケでもないが、それでも異世界なら神が実在するのかもって感じで女媧様と接していた。
「な、なぁ、今日の飯綱は少し違うっていうか…急にどうしたんだよ? お前、いつも質問は嫌いだーって…言ってたのに」
問い詰めるつもりはなかった。
元々、飯綱には協力してもらう形で八兵衛さんの捜索に参加していたし、俺の世界よりも遥かに技術が進歩した未来の住人なら、女媧様の本質に詳しくても不思議ではない。
とはいえ、今まで黙っていたのは腑に落ちない。
どうして今になって真相を告げる気になったのかが全く分からないのだ。
「アタシはアンタの…い、いや、お前の――」
「俺?」
しかし、それっきり飯綱は俯いて肩を震わせ、口を閉ざしてしまう。
流石に様子がおかしいと思い、小さな肩に手を置くと強引に振り払われてしまった。
明らかな拒絶の意思を示していたのに、飯綱は唇を強く噛み締め、自らの言葉を封じている。
それ程までに話したくないという事だろう。
俺はそれっきり、一切の質問をやめようと決心した。
「爺はどこへ行ってしもうたのか。
それとも、既にもう…」
町の破壊は尋常の域を越え、殆ど建物らしい物も残っていない。
幸い、家屋の中に隠れていた少数の住人は避難できたようだが、真正面から対峙した八兵衛さんは無事では済まないだろう。
恐らく――。
「…親父殿は生きてるぜ。
そうそう簡単に死んでもらっちゃ困るんだよ。
次に再戦する時こそ、親父殿を超える時だ!」
万治郎はそう言って、手に乗せた赤い宝石を差し出す。