宵一刻、一酔の夢
「――にしてもよぉ、ほンっと! ソックリそのまンまじゃねェか。大した技術だぜ」
飯綱の声…。
俺は帰ってこれたのか?
「――…に成功したのは君のお陰だよ。
私だけでは到底不可能だった。
本当に、君にはどうお礼を言えばいいのか…」
まただ。
また、あの男の声…。
「き、気にすンじゃねェよ!
それよか、今はコッチさ。
もう目を開けてアンタを見てるぜ」
男の顔。
コイツは――知ってる。
知っている……はずだ。
なのに思い出せない。
「初めまして…かな?
なんだか妙な気分だよ。
君、というか…お前と話すのは初めてなのに」
「お前…は……誰だ?」
男はどう答えたものか迷っていたが、しばらくして唯一の答えを口にした。
「私はお前だよ」
意味が分からない…。
けど、本当にそうとしか言えないのだろう。
俺は互いの顔を見合わせ、妙に納得したのを思い出す。
「私達はパートナーだ。
目的の為に互いを助け合うパートナー。
今度こそ…必ず、初音を救うんだ」
初音…………あぁ、そうか。
そうだった。
どうして今まで――。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「――い! おい! 目ェ開けろ!」
誰…? あぁ、おかしいな…。
お前はここに居ちゃダメだろ。
「馬ッ鹿野郎! この…大馬鹿っ!
いつもいつも、無茶ばっかしやがって!
目ェ開けてくれよぉ……うぇぇ…」
熱い涙。
飯綱が俺の為に泣いてくれている…。
けど、俺はもう――。
「起きろよぉお!」
両手で拳大の石を振りかぶり、体全体で加速させていく。
しかも、狙いは俺の顔だ。
まさか…アレを落とすつもりか!?
「殺す気かああああああ!?」
咄嗟に顔を反らす。
頭の隣2cmしか離れていない場所に石が落とされ、呆けていた意識が半ば強制的に覚醒する。
「あ、危ねぇ……。
おま、お前! 俺を――」
同じ台詞を口にする前に飯綱は俺に覆い被さり、声を上げて激しく泣き続けた。
伊勢に残ったはずの飯綱が、どうしてここにいるのか。
八兵衛さんに斬られて死んだはずの俺が、何故生きているのか。
そして何よりも、初音達は無事なのか。
聞きたい事は山程あった――はずだったのに…。
「心配かけてごめんな」
自分でも驚くような優しい声。
飯綱には随分と心配させてしまったようだ。
「うぅ、アンタは…怖くねェのかよ…。
何度も何度も、死ぬ目にあったのに!」
どう答えればいいのか…。
多分、正解とか100点の答えは存在しない。
だったら、こう言うしかないじゃないか。
「怖いよ。怖い…。
死ぬのなんて一度っきりで十分すぎる。
だからもう、二度と死にたくねぇな」
「なンだよ…それ。馬っ鹿じゃね…」
こうして抱き合っていると妙な気分だ。
まるで恋人同士みたいな――。
「ほぉ~、ほぉほぉ。
なかなか見せつけてくれるものよ…のう?」
「初音! 無事…ぃぶお!」
地面に倒れたままの所を思いっきり踏まれた。
無慈悲に押し潰される頬が、足裏を通じて燃え盛る嫉妬を感じ取る。
「初音ざん…ぶ、無事でひたか」
「んん~? ワシは元気じゃよ。
それより、自分の心配をするべきじゃのう。
このまま頭蓋を踏み潰してやろうか?」
ヤバい……コイツ、本気や!
必死に押し返そうとするが全く歯が立たない。
アカン、本当に死ぬ! こ、殺される!
「その辺でいいだろ、お嬢。
アニキ、当方は…親父殿はどうなった?」
万治郎は憔悴した表情を浮かべていたものの、幸いにも大きな怪我を負った様子はなく、木刀を引きずりながら事の顛末を問う。
「俺達が生きてるって事は、八兵衛さんに見逃してもらえたって事だろう。また、どこかへ消えてしまったらしいが…」
開幕早々に脱落した俺にはそれ以上の事は分からない。
ギンレイは俺が目を覚ましたと知った途端、猛烈な勢いで走り寄り、体当たりに近い形で鼻を擦りつけてきた。
良かった、どこも怪我をしていないようだ。
「あだっ! ちょっ、おち、落ち着けって!
ところで、誰か女媧様を見なかったか?」
太陽の位置から予測すると時刻は朝の8時頃。
日光が苦手な夜の女神ならば、この時間帯は日陰で姿を隠しているはず。
「つーか、隠れる日陰も……何もない」
昨夜の一戦がどれ程のものだったのか。
俺達の視界には隕石の落下跡を思わせるクレーターと、台風が通り過ぎた後のような瓦礫の山だけが残された。