誰もいない決着 (初音視点)
筆舌に尽くし難い速度で迫る地表。
呪物に操られた爺が苦しまぬようにと、頭から地面に落下した衝撃は予想に反する物じゃった。
ワシらは不透明な膜に被われ、辛うじて一命を取り留めたらしい。
どういう訳か、ワシの周りを囲う膜だけが音もなく霧消すると、静かに地面へと降り立つ。
「この力は……ぐぶっ!」
大量の吐血。
己の口から漏れ出たというに、初めて見る光景に動揺せずにはいられなかった。
体内に留めようとするが湧水のように溢れ、急速に失われる活力は立っている事すら叶わず、足元から崩れ落ちる。
「女媧…さま……どうして…」
命を懸けた覚悟を邪魔されてしまい、その意味を問おうと目を向けると、状況は一変しておった。
『想定された分岐点を確認。定められたプロトコルに従い、システムへの侵入を実行します』
「な…にを……言…」
明らかに様子がおかしい。
表現する言葉は見つからぬが…絶対、いつもの女媧様ではない!
『侵入――エラー――侵入――エラー――侵入…』
これまでとは違う、空虚で無機質な声。
意味不明な言葉を繰り返し、微動だにしなくなった女神に驚嘆するばかり。
あの御方に関して、未知の部分が多かったのは認める。
じゃが、いま目の前で起きておるのは全くの別物!
難しい事は分からぬが――ワシの…いや、日ノ本の範疇にない領域なのは明白ぞ!
『侵入――――――ハッキングに成功。
引き続き、第2プログラムを起動――』
あしなと旅をしておる間、随分と不可思議なモノに触れる機会に恵まれたが、この感じは飯綱の自宅に近い雰囲気じゃ。
『第2、第3プログラム完了。
システムは順次書き換えられます。
想定される時間まで――』
「敵への……警戒が……甘いな……」
異様な光景に目を奪われていた為か、縛を解いた爺に気づくのが遅れてしまい、声を上げるよりも早く女媧様の体を一閃する!
「女媧さ……!?」
我が目を疑わざるを得なかった。
それは女神を手に掛けた爺も同じ!
「な……なんだ……貴様……何者だ!」
正気を失った者でさえ動揺を隠せない。
無理もなかろう…。
此の地にあまねく全てを斬るという話は決して虚言ではなく、神をも例外ではなかった。
だが、女媧様は胴から真っ二つにされたというに、まるで気にした様子もなく意味不明な独り言を呟き続けた。
『システムの一部改ざんに成功。
シナリオの改変まで残り――』
「何故だ! 何故死なぬ!?」
人智を超えた現象が理解を拒んだのか、それとも己の矜持が傷ついたのかは分からぬが、爺は見る陰もなく取り乱し、女媧様の体を散々に切り刻む。
「あ、あ、貴女は…貴女様は一体……」
痛みを忘れて女神に問う。
女媧様は――どう言えばよいのか…。
全身バラバラに引き裂かれてもなお、それでも意識を保ったまま宙に浮き、見聞きした事もない文字のような物を身にまとっておられる、としか表現しようがない…。
『私は端末に過ぎません。
けれど……貴方達と一緒にいて、旅をして、とても……充実した一時を過ごせたのです。なんだか私、変ですよね…』
「面妖な……は、放せぇ!」
女媧様のまとう文字が渦を巻き、取り乱した爺を有無も言わさず拘束する。
『今日まで夢のようでした。本当に…。
貴方達と過ごした日々は、膨大なデータのどこを探しても見つかりません。私の…大切な、大切な思い出』
胸を掻きむしる嫌な予感!
この感じは…母上が亡くなられた時と似ておる!
「女媧さ…ごぼっ…がっ! ぁ…」
肺が絞り尽くされ、空気が漏れ出ていく。
足元から血の気が引き、徐々に感覚と熱が失われていくのを実感した。
あぁ、これまでじゃな…。
『お別れの時です。
最後に、創造主様からのメッセージをお伝えいたします。――今度こそ、必ず君を救ってみせる』
その言葉を口にした直後、女神は文字の集合体に身を変え、凄まじい竜巻となって爺を空高く舞い上げていく。
数え切れない程の文字はあらゆる物を透過し、既に殆どの五感が失われていたのに、見た事のない景色、聞いた事のない音楽、触れた事のない刺激の全てをもたらした。
「よき……冥土の…土産……ぞ…」
今際の際、光なき世界の終わりで母上が微笑んでおられたのを、確かに感じた――。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ここまでのAwazonポイント収支
『妖刀 村正を破壊――20000ポイント』
現在のAwazonポイント――509,590P
いよいよ物語の核心に迫ってまいりました。
年内の完結に向けて執筆頑張ります。
よろしければブックマーク及び、評価いただければ幸いです!