貝の砂抜き術
翌日の空も晴れ間を見せてくれたが昨日よりも少し風が出ており、僅かな湿り気を帯びた空気が素肌を刺激する。
キャンプや登山に慣れ親しんだ者なら、何度も経験したであろう気圧の変化を敏感に感じ取っていた。
「この感じなら夕方……もしくは、夜まで持ってくれるかもしれん」
あくまでも推測でしかないが、これまでのアウトドアによって培われた経験を頼りに、結構な確率で的中させてきた勘だ。
風向きや気温で結果は多少前後するけれど、ある程度は行動の指針となるだろう。
足元に目を落とすと、狼が俺の足にすり寄って甘えている。
少しずつだが何を求めているのかが分かり、どうにも苦笑いしてしまう。
「お前も腹が減ったか。
それじゃあ絶品スープで朝食としようか」
嬉しそうに尻尾を振る狼の頭を撫で回し、早速とばかりに用意しておいたサワグリ入りのビニール袋を覗き込む。
丸一日かけて砂抜きをしたのだが…どうなった?
「……んん? あちゃ~やっぱ雑過ぎだったか…」
14匹のサワグリは全て生きてはいるものの、ビニール袋の底には殆ど砂がなく、期待した砂抜きの効果は得られなかった。
本来なら水を張った容器に貝を入れ、吐き出した砂を再び吸い込まないように網を敷いておくのだが、やはり水を入れたビニール袋に放置しただけだと効果は薄いらしい。
俺の表情から結果を察した狼が弱々しい声で鳴き、朝食は抜きなのかと無言の抗議を行う。
「待て待て、慌てるな~。
俺にちゃんと考えがあるんだよ」
ここで活躍するのがAwazonで購入したダッチオーブンだ。
まずはサワグリが浸る程度に水を入れ、これをトライポッドに吊るして火に掛ける。
注意すべき点は一度に全ての貝を入れない事。
時間はたっぷりあるのだ。
貝同士が重ならないように、間隔を離してダッチオーブンに敷き詰めていく。
「フタを開けたまま貝をじっくりと観察するんだ。
水温が徐々に上がるのを待って、貝の口が開いたら……ここだ!」
タイミングを見極めてダッチオーブンをトライポッドから降ろし、地面に置いて観察すると……。
「ほら、貝が異常な水温に驚いて砂を吐き出してるだろ? この方法なら数分で砂抜きが完了するってワケさ」
言葉の通じない狼に説明するのも変だが、実に行儀よく聞いていたので妙に丁寧に話し掛けてしまった。
俺も大分、染まってきているらしい。
次々とサワグリを投入して砂抜きを完了させ、ようやく待望の朝食かと狼が期待の目を向ける。
「まだ中まで火が通ってないけど…お前なら大丈夫か。先に食っちまいなよ」
ナイフで殻を剥いてやると、『待ってました』と言わんばかりに喜んで食べてくれた。
あっという間に半分を平らげた狼は、包帯を着けたままの後ろ足を引きずってホームの奥へと消えていく。
「さて、次は俺の朝食を作らないと」
自分より狼を優先する辺り、やはり犬バカに染まってしまったようだ。