誉れ (万治郎視点)
「待たせた……次」
オレの…オレの友達を殺しやがった!
ギンレイは残った左の前足を精一杯まで伸ばして死んだ。
一歩でも前へ…。
ちょっとでもアニキに近い場所へ…。
「うあああああああ!!」
もうゴチャゴチャ考えんのはヤメだ!
感情に任せて叩きつけた木刀。
クソ野郎は涼しい顔で真正面から受け止め、返す刀で喉元を狙う。
オレは本能的に顎を引いて喉を守ると、左頬から入った刃が舌を掠めて抜けていく。
この感触――狙い通りだぜ!
「……ほう……少しは……」
「離ずがよ!」
奥歯でガッチリと噛み締めた刃先。
開幕の一発でもう知ってんだよ、腕力だけならオレの方が上ってのがな!
「ばぁああああ!!」
制限された腕の可動域を補う為、体ごと木刀を叩き込む。
奴は柄で受け止めようとするが関係ねぇ!
全体重を乗せた一撃が持ち手を振り切って柄を押し潰し、真下に位置する左肩に激突した。
そのまま心臓までメリ込ませるつもりだったが、どういう訳かウンとも寸とも動かねぇ。
オレの方が力は上だってのに…どうなってやがんだ!
「猪めが……丹田の……使い方も……知ら!?」
「ばっだら何回でぼ叩っ込むだげだばああ!」
刀を噛んだまま何度も叩き込んでいく。
何度も、何度も…何度も何度でも!
対する野郎は刀を引くのではなく、オレの喉を切り裂こうと満身の力で押し込む。
動くたびに口が裂け、血が吹き出す。
「死ね! 死にやがべええ!!」
「……ぐぅ! ……むぅ!」
手前ぇ、なんで死の床についたお袋のそばに居てやれなかった!?
オマケに葬儀まで遅れやがってよぉ!
なんなんだよ!
そんなにも侍務めは大事だってのか!
お袋や……オレよりもか!
「が……あぁ!」
いつの間にか木刀は中程からポッキリと折れ、刀の柄は肩口に深くメリ込んでいた。
だけど、まだ足りねぇ!
まだコイツには言いてぇ文句が山程な!
このまま殺して――。
「万……治……」
思わず手を止めちまった。
いや、勝手に止まったんだ…。
その瞬間、引き抜かれた刃がオレの視界から消え、一直線に伸びた刀が喉を貫き、親父殿と目が合う。
「……見事なり」
誉められた――生まれて初めて、親父殿がオレを!
妙な気分だ…。
あんなにもキレてたのによぉ。
けど、変なんだよ。
妙に温かくて…泣けてきやがる。
「万……治郎……」
親父殿も泣いているだと?
いや、そんなワケがねぇ。
オレの…当方の親父殿は誰よりも強ぇ男なんだ!
きっと……雨が降ってきただけさ――。
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