上級きゃんぱーの腕前
通常ならバギーで一日と掛からない距離だったのだが、流石に馬威駆はそういうワケにもいかない。
度々休憩を挟んでは移動を繰り返し、ようやく半分の距離を進んだ所で遂に俺のイライラが頂点を迎えた。
「つーか、馬威駆って何だよ!
馬にマフラーとか余計なの着けてるから進まねー! しかも、その木刀デカ過ぎんだろ!」
喧嘩上等と銘打った巨大な木製の刀は、ありったけの馬鹿と冗談を煮詰めて成型したかと思う程の異様を放ち、すれ違った旅人達から山盛りの視線を頂戴していた。
「ちょぉおおい!
いくらアニキでも、お江姐さんから譲り受けたコイツを貶すのは許せねぇ!」
どうせ誰も持っていかないから置いてけと忠告したが全く言うことを聞かず、お陰で予定していた半分の距離しか進めなかったのだ。
道端に差しておけば旅路のランドマークとして、良い目印になると思うんだけどなぁ。
「まぁ、そう苦言ばかり口にしたものではあるまい。なにせ奴にとっては『ぽりしー』の象徴じゃからのう」
ここ数時間でガラッと人格が入れ替わったように振る舞う初音は、今までの好き勝手な言動は影を潜め、九鬼家の令嬢として相応しくあろうと努力しているらしい。
ぶっちゃけ、俺は三日と持たない方に賭けてるけどな。
「仕方ない、今日はここまでにしとくか。
それにしても…何っっっっにもないな」
よく『何もない土地』という言葉を聞いた事があると思うが、まさにソレを体現した場所でテントを張らなければならなくなった。
要するに町はおろか、村や集落さえ見当たらず、辛うじて近くに川が流れているだけという閑散とした土地だ。
「可能なら住民から情報を集めたかったんだけど…。マジに誰も住んでない所なんだな」
恐らく、夜間は月明かりだけが頼りとなるのだろう。
俺はAwazonで新しいテントを購入すると、陽のある内に設営を済ませるつもりだったのだが…。
「うむ、此度はワシが『てんと』を立ててやろう! 神奈備の杜で培った上級きゃんぱーの腕をみせてやるわ!」
「てんと…きゃん…なんだって?
なぁアニキ、お嬢の言ってる意味がさっぱり分からねぇよ」
そういえば万治郎は初キャンプだったな。
初めて聞く別世界の用語に困惑するのも無理はない。
「安心してくれ。俺も不安過ぎてどうなるのか、サッパリ予測がつかない」
ペグとハンマーを手にした初音はノリノリでテントに向き合う。
今まで使っていたのは設置と撤収がワンタッチで行えるポップアップテントだが、今回の物はティピーテントにしてみた。
というのも、ここ最近はルール無用のレースだったり泥棒を捕まえたりと、キャンプとは掛け離れた活動が続いた事で俺も心身が疲れ、久しぶりに町中を離れて本格的な旅がしたくなったのだ。
「このタイプは初めて見るよな?
設営の仕方を教えるから、よく聞いてくれ」
「ま、待て! まだワシの『たーん』は終了しておらぬ! 多分、この布を引っ張るんじゃ……。そして、鉄棒を打ち込む!」
俺が止めるよりも早く、初音は力任せにフライシートを引っ張ると、本来ペグを通すべきペグループではなく、シートに直接打ち込んだ!
「コイツ…買ったばっかのテントに、初手で穴を開けやがった!」
キャンパーからしてみれば暴挙にも等しい行為。
茫然自失の俺は言葉を失い、初音の更なる暴走を見ている事しかできなかった。
「あー……失敗…? いやいや、まだ挽回できる!
後は広げた布の端を鉄棒で固定して、真ん中に長い棒を通せば完成じゃな! 簡単かんた――」
『バリッ』という音を立てて、フライシートを貫通したメインポールが突き立ち、購入から僅か数分で完膚なきまでに破壊されたテント。
夕暮れを知らせるカラスの声がこれほどまでに寂しく感じたのは、いつ以来の事だろうか…。