罪人は黙して語らず、新たなる岐路へ
風の噂でゴえもんが初音の実家である熊野へ護送された末、そこで処刑されたと知って奇妙な者悲しさと、一抹の後悔を感じていた。
結局、ゴえもんは俺達がどれだけ問い詰めても最後まで黙秘を貫き、八兵衛さんに関する事も、別世界から訪れた経緯も一切口にせず、殆ど謎のまま生涯を閉じたのだ。
「悪人だったとはいえ、随分と厳しい処置だな…」
実際、ゴえもんが本当に悪だったのか、俺には判断できない。
彼は町中の高利貸しから金品を奪い、好き放題に振る舞っていたのは事実だ。
その一方、捕まるまで足しげく通っていたという花街では大泥棒の死を嘆く遊女達で溢れ、日々の生活に困窮していた者達は施しに対する感謝から、涙ながらに彼こそが本物の義賊だと口々に語っているという。
「私も……おじさんは悪い人じゃないと…思う」
ゴえもん擁護を口にするのは危うい場面を助けられたお鈴ちゃんだけでなく、ギンレイまでもがあの日以降、悲しげに鼻を鳴らして宿の隅を探すような素振りを繰り返していた。
まるで――亡くなった飼い主を探すように…。
「アニキが気にするこったねぇですぜ。
盗人は盗人、義賊ってなぁ他人が好き勝手言ってるだけの評価に過ぎねぇ」
「……あぁ、お前の言う通りだよ」
万治郎の言葉は荒くれてはいたが本質的な側面を捉えており、結果として一人の人間を死に追いやったという自責の念を少なからず慰めてくれた。
大捕物から二週間が過ぎた頃、並行して進めていた宿の修理も愚連隊の協力で完了し、旅人から得られる膨大な情報を整理する余裕も出てきた。
「アタシが掴ンだ情報によるとだな、九鬼家の御転婆姫捜索に当主直々で神奈備の杜に踏み込むってェ噂が入ってンぜ」
「ほ、ほぉ~ん。
それはそれは…た、大変じゃのう…」
目が泳ぐとはどのような様子なのか、まさにベストアンサーとも言える動揺を尻目に、お江さんはカラカラと楽しそうな声を上げて笑う。
多分、彼女はなんとなく気づいているのだろう。
「その噂は本当さね。もう御予約も頂戴してるよ。
おはらい町は熊野から丁度いい感じの位置にあるから、森田屋も九鬼の御侍様にはご贔屓にしてもらってるのさ」
お江さんは会話の中で俺達が九鬼家と鉢合わせしないように、暗に注意を促してくれているのを察し、改めて頭が上がらない思いを味わう。
「なるほど、他に気になる噂はないか?」
こちらも気づかないふりを装い、飯綱との会話を続ける。
日ノ本のあちこちから伊勢神宮を訪ねてくる旅人達がもたらす情報量は凄まじく、飯綱の優れた手腕がなければ処理しきれなかっただろう。
「ぶっちゃけちまうと、殆どがゴミみてェな話ばっかさ。けどな、そのゴミ溜めンなかに二つ…気になるモンがあった」
謎多き未来人の瞳が怪しく輝き、情報の信憑性を物語る。
たっぷりと時間を掛け、飲み下した固唾が胃に届く頃、巷に流布する血生臭い噂話を白日の元に晒す。
「とある國境の街道筋に出たンだよ…。
血に飢えた途轍もなく強ェ鬼夜叉が!
近隣の里山を根城にしてた野盗やら山賊を軒並みブッ殺しちまってよ、噂の出処ンなった町は今じゃあアブなくてだ~れも近寄ンねェんだと」
怪談じみた話を耳にしたお鈴ちゃんは震え上がり、ギンレイを伴ってお藍さんの膝元へ引っ込んでしまった。
「鬼…夜叉……か」
確かに気になる噂だ。
俺はお江さんに数日の間、宿を留守にする意向を伝えると噂の町に向かうべく、出発の準備に取り掛かった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄