異世界にて、新たな扉を拓く
森田屋を舞台にした大泥棒捕縛の一報は町を駆け抜け、近隣の國にまで噂は届いたらしい。
爆走劇に引き続いて、役人や鬼属が手を焼いていたゴえもんを捕まえた事で、一夜にして俺の名前と顔を知らない者は居ない程の名声を手にしたのだったが…。
「この度は…誠に、誠に申し訳ありませんでした!」
渦中の人である私、四万十 葦拿は森田屋の人達を前にして、全力の土下座で謝罪の真っ最中だ。
宿の外ではお祭り騒ぎで俺の名が聞こえてくる一方、内心では後悔と自責の念で腹を切りたいとさえ思った程。
それも無理のない話で、お江さんやお鈴ちゃんを危険に晒し、オマケに宿の二階まで半壊させてしまったともなれば、どう考えても疫病神としか思えないレベルの厄介者だろう。
「若旦那さん、町の英雄に頭なんか下げてもらっちゃウチが困ります!」
「そうだよ、困ってンだわ。
悪ィのはぜ~ンぶ作戦考えたお前だろうが」
床に擦りつけた頭を踏みつける飯綱。
コイツはあとで絶対尻を引っ叩く!
「まぁ、過ぎた事を言うても仕方があるまい。
町の悪党を退治したんじゃし、壊れた宿は弁償という形で償えばよい。森田屋の女将もそれで宜しいかな?」
「はい、葦拿様は私の命を救ってくださった恩人です。本来なら修理費も――」
言い掛けたお藍さんを片手で制し、最低限の償いだけはさせてもらう意思を示す。
「とはいっても…褒賞金100両は爆走劇でパー。
この上、宿の弁償となるとお金が…」
これでは八兵衛さんの捜索はいつになるのか分かったものではない。
途方に暮れつつある中、飯綱が勝ち誇った顔で小さな胸を張る。
「カネの心配ならもう要らねェぜ。
町の芝居小屋と掛け合って今回の大捕物を歌舞伎の題材にしといた。これで上演されるたびに著作権でガッポガポってな寸法さ!」
「おお、流石は飯綱じゃ!
悪知恵を働かせたなら当代随一ぞ」
どーでもいいけど、そろそろ俺の頭を踏みつけてる足を退けろや…。
お金の工面をしてくれたのは有り難いのだが、なにやら資金繰りの案件はソレだけではないようだ。
「おいおい、アタシ様を甘く見ンなよ?
当然、コレだけじゃ~ねェ!
ほれ、噂をすればナンとやらってな」
飯綱が宿の入口に視線を向けると、褒賞金の受け取りと清算を済ませた万治郎が帰ってきたようだ。
彼は宿に着くなり、満面の笑みで大量の本を床に広げた。
…なんだろう。
スッゲェ嫌な予感は、数秒の内に確信へと変わる。
「聞いてくれよ! 飯綱の言った通りだったぜ!
あしな×万治郎の春画が淑女街道に載った途端、町中の女絵師がこぞって題材に取り上げ始めたんだ!」
帰ってくるなり、トンデモナイことを口にしやがった!
震える手で一冊の本を手に取る。
…………マジか。
これ、全部そうなの?
全部、俺と万治郎の○モ同人誌?
救いを求める目で顔を上げると初音達だけでなく、宿の仲居達までもが熱心に本を熟読し、あーだこーだと独自の解釈に華を咲かせていた。
控えめに言って――地獄絵図である。
「本の売上から得られる莫大な著作権!
ムシれる所からとことんムシる!
これが飯綱流処世術の真骨頂!」
「見事なり! まさに『にゅーじぇねれーそん』、新たな世界の幕開けじゃ!」
駄目だコイツら…早くなんとかしないと…。
今後、資金面での不安はなくなったにも関わらず、大切なナニカを切り売りしているような、言葉にできない喪失感に苛まれる俺なのであった。