小さな勇気
普通の人間は背中にダンプカーが突っ込んだら死ぬ。
けど、俺は不幸にして絶対に死なない体を持った男。
理由は未だ分からないが、最近は少しだけ吹っ切れたのか、逆に不死身を利用して無茶な行動に出る事が多くなったように思える。
「~~ッッッッ!!」
事前に覚悟を決めていたにも関わらず、脳髄にまで響きそうな痛みで声もでない。
知らない人も沢山いると思うので後学の足しにして欲しいのだが、死ぬ程の痛みを生きたまま何度も味わうのは楽じゃねぇし、メリットとも思えねぇ!
死ねない体になった時の参考にしていただきたい。
「あしな、しっかり致せ!」
「ごふっ…! ご…おぁ……奴…どう…」
視界が揺れているのか、それとも首がすっ取れそうなのか自分でも判然としない。
どうにか頭を押さえつけて目を凝らすと、柱のあった部屋の角はキレイに吹っ飛び、窓枠の残骸を残した背景には、何事もなかったかのように流れる五十鈴川を見渡せた。
だが、肝心のゴえもんが見当たらない!
嫌な予感に駆られた俺は立ち上がろうと踏ん張るが、足腰は全く言うことを聞かず、力なく這いつくばるしかなかった。
「もうよい、奴は…そこに居る」
初音の視線が示した先。
屋根の中程に転がっていたバギーの傍らに、肩で息をするゴえもんの姿があった。
身体中を負傷してはいたものの、俺よりずっとダメージが少なく、あの一瞬で被害を最小限に抑えたのは流石と言うべきだろうか。
「いや…はや、ちょいと…甘く見ちまってたようで…」
なんとなく察してはいた。
初音は敢えて手加減していたのだ。
コイツは俺のスマホやバギーを狙っていた事から、神奈備の杜で襲ってきたクノイチの仲間である可能性が高く、八兵衛さんの居場所を知っているかもしれない重要な証人となり得た。
そんな人物を勢いに任せて殺すワケにはいかない。
「お主、何者じゃ?
それ程の腕前があればワシらを殺して『すまーほ』を奪うなど造作もなかったじゃろう。何故にそうしなかった?」
俺もずっと感じていた。
奴は最初から俺達を殺すつもりなんて微塵も考えちゃいない。
終始遊び半分で、実力の半分も出してはいなかったのだろう。
「…泥棒に盗みの理由なんてありゃしませんよ。
強いて言うんなら……手元に置いときてぇから――そんだけさ。
それよりも気になってんのは……そっから動いちゃイケねぇよ、お嬢ちゃん」
ゴえもんの視線は俺達ではなく、自分の居る屋根の向こう側を見据えている。
そこに居たのは――。
「お鈴! お主…何をしておる!?」
「この人が私たちの宿を…ゆるせない!」
窓の手すりを乗り越え、五十鈴川に張り出した屋根の上に立つ少女。
震える手には誰かが置き去りにした十手が握られ、奴が弱った今なら自分でも捕まえられると考えたらしいが…。
「おす…ず……や…め…」
もはや俺には立ち上がる力すら残っておらず、未だ余力のあるゴえもんに対抗する手段はない。
しかし、俺達の心配を余所にお鈴ちゃんは崩壊寸前の屋根に踏み出し、真っ直ぐゴえもんへと歩み寄る。
「お鈴! せめてワシに任せておけ!
お前はそこでじっと――」
「よせ! も…う……屋根が…!」
空気の抜けた声で初音を止めた直後、遂にギリギリ保っていた均衡が破れ、森田屋の屋根を含めた二階部分が崩落した!
「え……?」
短い言葉を最後にお鈴ちゃんはバランスを崩し、小さな体は宙へと投げ出されたかに思われた。
――刹那!
「危ねぇ!」
駆けつけたゴえもんは空中でお鈴ちゃんを抱え、危険を顧みずに身を挺して少女を庇う。
俺達はたった今、目にしたばかりの事実が信じられずに呆然とするばかり。
「…ケガは…ないか? お鈴ちゃん」
「…あなたは…………はい」
お鈴ちゃんの無事が確認できると初音は腰が抜けたのか、そのまま地面に座り込んでしまった。
俺も安堵の溜め息がもれ、泥のように床へ寝転ぶ。
後の事はアイツに任せておけばいい。
「手前ぇの心配しろっつったよなぁ?」
ゴえもんの後頭部を思いっきり殴りつけたのは、逃げた愚連隊を再召集した万治郎。
そのまま気を失った大泥棒を縛りつけ、一斉に上がった鬨の声は町中に轟き、方々を騒がせた大捕物は幕を閉じるに至ったのだった。
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