森田屋防衛戦、鉄壁の構え!
「クソが! もう少し早けりゃよぉ!」
愚連隊の召集の為に現場を離れていた万治郎は、怒りを露にして悔しがる。
今や町中がゴえもんの流した盗みの予告を噂し、宿は許容量を何倍もオーバーした野次馬でごった返していた。
ただでさえ俺と万治郎は前日の爆走劇によって注目されているのに、これ以上の面倒事は勘弁してくれ!
「面倒っていやぁよ、ソイツは俺達の台詞だろうが」
「町役人か。
もう満員だからアンタらは帰っていいぞ」
例によって俺はかなり荒れていた。
自分の判断が原因で無関係な森田屋の人達を巻き込んでしまい、危険に晒してしまう可能性があった為だ。
「そう言わないでよ、若旦那さん。
警備お疲れさまです。お茶でもどうぞ」
お江さんに声を掛けられた町役人達は、顔を赤くして愛想笑いを浮かべている。
お藍さんは病み上がりという事もあって、実質的にお江さんが宿の現場を取り仕切っているのだが、流石にこの人数をさばくのは難しいだろう。
「ゴえもんの野郎、今度こそ当方と愚連隊が取っ捕まえてやる!」
昼間は間に合わなかった万治郎と愚連隊の面々は、真っ向から受けた果たし状に気合いをみなぎらせ、臨戦態勢で宿の周囲を警戒していた。
「あしなよ、確か馬戯異は自由自在に出し入れできたのじゃろ? 『すまーほ』に収納すれば盗まれずに済むのではないか?」
「ああ、俺もそれは考えた。
けど、盗む対象が隠されていると知った奴が、一体どんな行動に出るのか。
…それを考えると怖くてな…」
最悪、バギーは盗まれてしまっても構わないと思っている。
それよりも俺が恐れているのは、森田屋の人達に危害が及んでしまう事。
それだけは何があっても避けなければならない!
「へっ! いざとなりゃ、アタシが別空間に飛ばしてやンよ」
「いや、今回ソレはなしでいこう。混戦状態で他人の手足を巻き込むリスクがあるからな」
雑居と化した宿で初音の喉が鳴る。
飯綱の申し出は有り難いのだけど、償いきれない怪我を誰かに負わせるのは避けたい。
それが泥棒であってもだ。
「やれやれ、そいじゃ~オーソドックスに守りを固めっか? バギーと人員の配置はお前が決めな」
「そうだな……バギーは俺達の宿部屋に置く。
愚連隊は五十鈴川の沿岸と裏庭を警戒してくれ。
飯綱は…多分ないと思うが、上空から近づく奴を見張るんだ。
俺と初音、ギンレイと万治郎は部屋で待機しよう」
宿の入口は町役人が控え、地上は言うに及ばず、水上や上空にまで布陣を敷いた。
過去に辛酸をなめたクノイチの変装にも対応する為、今回はギンレイを手元に配置したのであれば、もはや鉄壁と言っても過言ではないだろう。
「ギンレイならば匂いで変装に気づくはずじゃ。
頼んだぞ、我が弟よ」
「はっ! 犬っころなんぞが役に立つかよ。
アニキ、ここは当方がお江姐さんと馬戯異を死守して魅せるぜ!」
「ああ、頼りにしてるぞ万治郎!」
本来なら追い掛ける側なのに、こうして盗まれない為に守りを固めているというのは皮肉な話だ。
だが、向こうから賞金百両が転がり込んでくると考えたなら、決して悪い話ではない。
そう自分に言い聞かせていた矢先、お江さんが差し入れのお茶とおにぎりを持ってきてくれた。
「少しは休まないと体に毒ですよ。
こちらを食べてゆっくりしてくださいね」
「お気遣いありがとうございます。
ほら、ギンレイも今の内に食べときなよ」
ギンレイは不思議そうに俺とお江さんの顔を見比べ、両者の間を行ったり来たりしている。
こんな仕草は初めて見るぞ…。
まさか、お江さんに変装しているのか?
しかし、ギンレイは特段に吠えたり警戒する事もなく、しばらく間を置いて素直におにぎりを口にした。
やはり、俺の考え過ぎだったよう――。
「あれ…………ない!?
ス、スマホが…落とした!?
な、ないないないない!!」
「あ、アニキィ! 馬戯異が…今さっきまであったってぇのに!
きえ…消えちまってるっすよ!」
視線を外した僅か数秒の出来事、部屋の中央に置かれた100㎏近い車体は一瞬で消え去り、初音は急いで押し入れや窓の外を探す。
「どこにもない!
一瞬じゃ! 一瞬……じゃと?」
「これをお探しで?」
お江さんが手にしているのは――俺のスマホ!
と、いう事は…。
「ははははっ、甘いよねぇ。
こうも簡単だと興が醒めちまっていけねぇや」
精巧に造られた仮面を脱ぎ去り、自ら正体を現したゴえもん!
コイツは…何を考えてんだ!?