お尋ね者を探して
「アタシは宿で情報を集めといてやっからよ、お前らは町で聞き込みでもしとけ。
あ、お姉さん日本酒追加ね~」
そう言って飯綱は昼間だというのに、徳利片手に店先の一角を占有して、訪れた旅人達とバカ話に花を咲かし始めた。
どう見てもサボりたいだけの言い訳にしか思えないが、アレが彼女の情報収集スタイルなのだろう。
「仕方がないのう。まずは町に出て、役人の話でも聞いてみるのが得策じゃな」
「ここの役人かぁ……。
メッッチャ、気が進まないよ」
爆走劇での事前説明の際、絵に描いたような横柄で粗暴な態度が脳内でフラッシュバックする。
無理クサいが駄目で元々、僅かな期待を持って町役人の寄合い所に足を運ぶが――。
「お前のお陰でこっちは朝から苦情処理してんだ! 泥棒なんざ知ったものか!」
役人と顔を見合わせて数秒、日ノ本の行政機構が終わっている事を思い知る。
どの道、ここの連中ではゴえもんを捕まえるなど到底無理なのだろう。
「やっぱりって感じっすね。
あの穀潰しよりか、ウチの愚連隊の方がまだマシだと思いやす。当方が舎弟達に召集掛けてきやすんで、アニキ達は町で聞き込みしといてくだせぇ」
万治郎は提案した直後、了承も得ないまま馬威駆に乗って走り去ってしまった。
相変わらず行動力に関しては人一倍だが、はたして何人くらい集まるのだろうか?
「じっとしていても始まらぬ。
歩きながら手掛かりを探そうぞ」
「そうだな。お鈴ちゃん、なるべく人の多い所に案内してくれるかい?」
森田屋の少女は元気に頷くと、旅人や呼び子でごった返す通りへ向かって歩きだす。
隣ではギンレイがピッタリと寄り添い、町人とぶつからないように時々吠えて、注意を促してくれた。
「ギンレイはワシの弟、つまりは飯綱やお鈴の長兄じゃからの。兄として当然の気遣いよのう。あしなも見習っておけ」
「俺の立場って犬以下なの?」
地元の人間しか知らない曲がりくねった通りを何本も抜け、次第に歩行者の性別や年代に偏りがみられるようになった頃、先頭を歩くお鈴ちゃんの足が止まった。
――止まったはいいのだが…。
「ここって……おい、おいおいおいおい!」
「うぉ!? あの女子…服を着ておらぬぞ!
斯様な大通りで乳房を晒しよって!
女人の嗜みを何と心得ておるのか!」
お前が言うな。
それは置いとくとして、お鈴ちゃんが案内してくれたのは花街!
今風に表現するなら風俗街と呼ばれる大人のプレイスポットだ。
ここに至るまで堀や柵の類いが一切なく、道続きに区画に入れたので全く気づけなかった。
着崩した衣服の遊女達は俺を見つけるや、妖しい仕草で手招きしつつ、汗ばんだ素肌を惜し気もなくチラつかせて誘惑する。
「ほ……おぉ、なるほど……これは善い――」
言い掛けた背後で凄まじい殺気が立ち上ぼり、吸い寄せられていた足が恐怖で竦む。
「年若い小僧には少々刺激が強いようじゃ。
ところで、あの小娘の乳とワシの拳…どちらが刺激的か、試してみるのも一興とは思わぬか?」
殺されるッ…!
あと一歩でも前に進めば確実に訪れるであろう未来を本能で悟り、折角のお誘いという名の審判日をギリギリで回避。
拳を握る笑い般若と化した初音と、生き残る為に全ての欲望を捨て去った素面が向き合い、無言のやり取りが続く。
「あの……どうしたの?
お江姉ちゃんは男の人ならこういう場所で遊ぶのは普通って言ってたよ? でもね、私が遊びにくるとお母さんが怒るの」
お江さん…男への理解があり過ぎるのもいいけど、子供の教育には春画より悪いですって!
「いくらなんでも、こんな場所でお鈴ちゃんを連れて聞き込みはできない。色々と残念だけど他をあたるしか――」
「色々……じゃと?」
言葉尻に反応した初音が再燃しそうになった直後、通りの一画から人々の熱気に満ちた声が沸き立つ。
「あ、あの人! 人相書とそっくりだよ!」
お鈴ちゃんが指差した先には、間違いようもない隈取メイクを施した男が多数の遊女に囲まれ、通りを悠然とした足取りで歩いていた。