値百金のお尋ね者
朝食後、しばらく魂が抜け出たシカバネ状態が続いたものの、借金持ちに休んでいる暇などない。
俺達は五十鈴川の畔で緊急ミーティングを開くのだったが――。
「手持ちの金銭を残しておいてくれるとは、庶子にも温情ある者がいるんじゃのう~」
「…………そっすね…」
初商売で得た約3000文が残された理由は、これを元手にして借金を返せという事なのだろう。
だが、それでも金百両などという大金をどうやって返せばいい?
あれから飯綱に、現在の貨幣価値に換算していくらなのか聞いたのだが、その答えは『考えるな』だった。
「どうやら、アニキ達は当方の親父殿を探しているようで。ま、何処にいるのかなんてなぁ見当もつかねぇんですがね」
「はぁ~~、そーだろーねー…」
八兵衛さんの息子である万治郎なら、失踪の手掛かりになるかもしれないと思ったのだが、よくよく考えてみれば彼が姿を消したのは、飯綱が未来の謎装置で丸ごと転送したのが原因なのだ。
当事者でもない万治郎が彼の行方を知るハズがない。
「万事において上手く事は運ばぬものよな」
「それでも努力の結果は出てる。
そう…思いたいじゃないか」
現状で唯一の良いニュースといえば、お藍さんの病がほぼ全治したという点だろう。
今では周囲が驚くほど元気を取り戻し、お江さんは泣きながら感謝を述べていた。
そのお礼として、今後は宿代は無用だと言ってくれたのだけど…。
「いつまでも甘えておく訳にはいくまい。
爺の捜索もせねばならぬ…」
「だよなぁ。
一撃で百両ゲットする方法か…」
途方に暮れる俺達を余所に、ギンレイと追いかけっこに興じているお鈴ちゃん。
最初は引っ込み思案で話すら出来なかった少女が、こうして屈託のない笑顔を見せてくれるまで明るくなったというのは、それだけでも救われる思いだ。
庭の外まで駆けていったお鈴ちゃんは帰ってくるなり、見慣れない紙を持ってきてくれた。
「あしなさん、お金がいるんでしょ?
この人を捕まえたらくれるって書いてあるよ」
「ちょいと冗談じゃないよ、お鈴ちゃん。
そんな都合の良い話が――あったああああ!?」
紙はお尋ね者の人相書。
ソイツの名は――大泥棒ゴえもん。
俺と初音が町を訪れる少し前から出没しており、主に悪徳高利貸しや特に傲慢な鬼属武士の屋敷で盗みを働いているそうだ。
とはいえ、肝心の顔は歌舞伎役者みたいな隈取で覆われ、身の丈6尺で武芸の覚えがあり、更には忍術まで使える――らしい。
その為、役人や鬼属武士が躍起になって捕まえようとするのだが、当人はまるで挑発するかのように追跡を尽くかわしているのだとか…。
「あぁ、ここ最近はずっと噂になってたっす。
しかしですぜ、コイツぁ…どうもねぇ……」
珍しく言い淀む万治郎。
話を聞いてみると、驚きの事実を口にする。
「実は当方も、何度か愚連隊を率いて奴を追った事がありやして…。結論から言やぁ尻尾どころか、影すら踏ませてもらえやせんでした。
散々おちょくられて分かったこたぁ、奴さんはモノホンの忍者だって事くれぇなもんでさぁ」
「そんな厄介な奴が…この町に?」
捕まえた者には金百両。
だが、一筋縄でいくとは到底思えない。
どうするべきか迷っていた俺の背中を、半ば突き落とす形で初音が後押しする。
「男子ならサッパと決断せい。
やるだけやってみればよいのじゃ。
ダメなら次の手を考えるだけの事ぞ」
「……簡単に言ってくれるねぇ。
まぁ、お前の言い分も一理あるか。
よしッ、次の目標は泥棒退治に決定!」
もはや勢いだけで決めた。
いや、考えてもみれば異世界に着て以来、勢いだけで行動しているのであれば、最初から何も変わっていないのかもしれない――。
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