あしな、21歳にして人生を詰む
「別に気にする程でもあるまい?
実家に居た頃のワシはいつも、あんな感じじゃったけどのう?」
「お前と一緒にすんな!」
地方豪族の姫様と一般大学生を同じにしてもらっては困る。
俺は生まれてからモテた事も、人気者になった事もないのだ。
「誰だって、何の前触れもなく有名人になってたら……どうすんだよコレ!?」
「今更オタオタ騒ぐンじゃねェ。
町はお前らの噂で持ちきりなんだからよ。
ほれ。この通り、本まで売ってたから買っといてやったぜ? いや~、久しぶりに行列に並んだわ~」
…マジに理解が追いつかないんですけど?
しかし、飯綱が手渡した本を一目した途端、意識が飛ぶレベルで激しい目まいに襲われる。
「あしな×万治郎!?
こ…ぉ…れ……春画じゃねぇかよぉおお!」
春画とは所謂エロ同人誌である。
しかも、御婦人が好みそうなジャンルの――。
「お、おぉ……見てみよ、お鈴!
なんと濃厚な…ほぉ、これは…善いものじゃ!」
どこら辺が?
マジに言ってるんだとすれば、教育係の八兵衛さんは、泣いて俺に詫びるべきだろう。
「だ、駄目だよ初音ちゃん!
こういう御本は大人になってからってお母さんが…………その…あー……うん、善い!」
ああ、完全に終わったわ…。
初音の誘いにお鈴ちゃんも加わり、教育に悪影響が出そうな本に釘付けになったのも束の間、超高速でお江さんの手が伸び、例の本を胸の谷間に仕舞い込む。
「オホン、これはアタシが預かっておきます。
さぁ、朝餉が冷める前にお持ちしますね~♪」
すげぇ嬉しそうにしてる…。
俺はレースに参加しただけなのに、どうして…何処でこうなった?
「おい、万治郎!
お前も黙ってないで、何か言ってやってくれ!」
「当方は別に気にしてないっす。
むしろ、アニキと噂になれて光栄です!」
本当にもうダメだ…。
俺に残された道は、全てを忘却の彼方に葬り去る事だけ。
動悸と息切れに耐え、食卓についた直後、飯綱が一枚の紙を手渡す。
「…………見たくねぇ」
「借金の証文」
スローモーションで崩れ落ちる俺。
ここにきてストレートなのは本当に勘弁な?
スポンジ状に穴が開いた胃では食欲など湧いてくるハズもなく、青白く変色した指先で証文を手に取る。
「金…………百両!?
は? イミフ……はは、はははははは!」
やっべぇ、頭のネジ飛んだわ。
金百両ってナンボ?
少なくとも、必死になって貯めた全財産より多いっぽいな~。
「あー、昨日の爆走劇で壊した諸々っすね。
商人は壊れた壁やら屋根を自前で直せますけど、町人はそうもいかないんで請求したみたいっすよ」
「お咎め無しゆうたやんけ!?
そんな…お前……お前も壊したろ!?
なんで俺だけ借金してんだよ!」
人一倍の度胸を備えたヤンキーは平然とした態度で言い放つ。
「当方もカネないんで。
あ、勿論一緒に借金返させていただきやす!」
朝食の味がしなかったのは言うまでもない。
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