異世界レース、決着!
「どうしたぁ!? 息切れてんぜ!
事故ってからのお前ぇは明らか遅ぇ!
だがよ、カタギにしたら喧嘩張っただけでも大したもんよ」
「……ハッ! 先輩に気ぃ使ってんのか?
それよか…爆走劇に集中しなよ。
次…が、最後の通過地点なんだぜ!」
万治郎の指摘を強気に返したが、自分でも体の不調にはとっくに気づいていた。
つい先程、無理めのコースを果敢に攻めた結果、第四地点を目前にハンドル操作を誤り、商家の土蔵に突っ込んだばかり。
バギーの方は奇跡的に無傷で済んだものの、座席から吹っ飛ばされた俺は衝突時に肺を損傷したらしく、呼吸をする度に激痛が走った。
「…普通なら再起不能だろうな」
爆走劇では死傷者が出る事も珍しくないという話は本当だ。
本来なら即病院送りの重傷を負い、立ち上がる事すら望めないはずなのだが――今の俺はどれだけ負傷しても出血せず、絶対に死なない。
しかし、痛みだけは常人と何ら変わらず、潰れた臓器の悲鳴が脈拍と共に伝わってくる。
どうにか第四地点まで通過したが、呼吸困難によって酸欠に陥り、視界の大半はボヤけつつあった。
既にハンドルにしがみついているのがやっとの状態であり、必死に追いすがる万治郎との距離は徐々に離されていく。
「もうすぐ、もうソコだぜ!
第五も余裕で当方が頂く!
ッパ、当方不敗と馬威駆に敵は存在しねぇ!」
万治郎に数秒差をつけられ、残すはスタート直後に通った長い直線を折り返して鳥居をくぐるのみ。
だが、もはや集中力も尽きつつある中、逆転の可能性は極めて低いと言わざるを得ない…。
「上りにゃお江姐さんが待ってる。
当方にとって勝利の女神がなぁ!」
ますます気勢を強める万治郎。
そして、俺は遂に限界を迎えて意識が飛ぶかと思われた直前、透き通るような声が頭に響く。
『此方へ……あの娘が待ってるわ…』
たった一言の短い言葉。
けど、本物の女神は俺に味方してくれている!
民家の軒先で佇む女媧様の姿を視界の端に捉え、女神の思し召しが示した場所に目を向けると――。
「そこ通るの!? …マジかよ。
だけど、もうこれしかねぇ!」
俺は急ハンドルでコースを外れると、民家に立て掛けてあった材木板を一気に駆け登り、軒を連ねる長屋民家の屋根から観客を見下ろす。
ここなら神宮まで一直線!
アクセル全開でバギーを疾走させ、大量の瓦を巻き上げながら疾走する。
万治郎は背後を振り返り、俺の姿が見えないので完全に油断しているようだ。
瓦を踏み砕く振動は容赦なく内臓へダメージを与えていたが、ここまできたら気合いで押し切ってやる!
「姐さん! お江姐…オレ、やったよ…。
もう、お江姐が二度と泣かなくても済むように…オレがアンタを守って――だ、誰だ手前ぇ!?」
「あしなー! 負けたら許さぬぞー!!」
ゴールの鳥居でチェッカーフラッグを振り回す初音の声が聞こえてくる!
お江さんが待っていると思い込んでいた万治郎は面食らい、僅かに速度を落とした。
これが最後のチャンスだ!
「いけぇえええええ!!」
切り立つ屋根をジャンプ台に見立て、後先も考えずに宙へと繰り出すと、全ての雑音や観客はおろか、時間さえを置き去りにして鳥居へと突っ込む!
誰もが息を飲む瞬間、ハナ差でゴールしたのは…。
「し、勝者――挑戦者、葦拿ー!!」
飯綱のコールが響き渡り、町は割れんばかりの大喝采と歓喜に揺れた!
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