観戦者の思惑 (初音視点)
「これが日ノ本男子の本懐かーッ!
二人の男達が並び立つ再出発に、一部界隈から熱い視線が集まっております!」
「飯綱の奴…ノリノリで実況しておるのう」
飯綱が配布した『あしな×万治郎』の団扇が女達の黄色い声援ではためき、一風変わった一団が形成されつつあった。
「あしなさん凄いね!
あの万治郎さんと互角に走ってるよ!」
「無茶をしよって……大馬鹿者め」
呆れ半分、妙な誇らしさ半分といった心持ちで上空を見上げる。
どのような原理なのかは皆目分からぬが、晴れ渡る青空に町を疾走する両者の姿が映し出され、烏天狗の神力を目の当たりにした町人達は涙を流して拝む者や、こぞって指を差しながら口々にあしなの健闘を称える者で溢れ返っておった。
「当初こそ万治郎なる男ばかりが声援を受けておったというに、あしなもやりおるわい」
鉄の手綱を懸命に操るあしなの顔つきは普段よりも荒々しく、どこか充足感を漂わせて爆走劇を競う。
彼奴…斯様な状況にも関わらず、嬉しそうな目で笑いよるのう。
「初音ちゃんも嬉しそうだね」
「んなぁ…っ!」
お鈴が不意に妙な事を口走るので、思わず咳き込んでしまった。
不躾な妹を窘めるのも姉の務め。
ふわふわの頬を左右に引っ張り、強制的に発言を封じておった最中、飯綱の喧しい実況はますます熱を帯びていく。
「あーっとォ!
ここで葦拿がまさかのコースアウトぉ!
商家の土蔵に全身を激しく叩きつけたぁああ!!
こーれーは、再起不能かぁああ!?
…おぉ、おーっと! 立ち上がった!
ノーダメージ! そのまま爆走劇続行!
あれだけの事故をモノともしなぁあい!
アイツは不死身の男だぁあ!」
本当にうるさいのう。
とはいえ、飯綱の考えなど先刻承知。
初めて訪れた町で、何処ぞの余所者に好き好んで協力する者など極々少数。
ならば、あしなの顔と名を爆走劇なる決闘によって民衆に知らしめ、情報を集め易くしようという算段なのじゃろう。
「如何にも、あの女が考えそうな事よ」
神奈備の杜で得た協力者、飯綱。
未だに心中の全てを語らぬのは感心せぬが、稀有な力を備えた者である事は疑う余地もない。
しかしながら、九鬼家の庇護と引き換えに爺の捜索を引き受けはしたものの、どうにも腹の底が見えぬ。
「さぁ~、第四地点は万治郎優勢で通過。
激闘の爆走劇も終盤に差し掛かり、残すは第五地点を残すのみ! 最後の神宮鳥居を先に駆け抜けるのはどちらなのかぁ~!」
疑惑と審議の渦中にあって、町中に響く飯綱の声には悪漢特有の相手を謀ろうとする意思や、欺瞞の下心を感じないのは何故か…。
「初音ちゃん、どうしたの?
じっきょーの人は終盤だって言ってるよ。
そろそろ上りに行かないと、一番いいところを見逃しちゃうんだから!」
「お、おぉ…」
結論を下せずに思考が行き詰まっているのをみかねて、お鈴が『ごぉる』近くで決着を観戦したいと言い出した。
ワシは半ば強引に手を引かれるままに、神宮の鳥居へと足を運ぶ。
――たとえどのような結果になろうとも、あしなが無事に爆走劇を終えてくれれば、それでよいのじゃが…。
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