異世界レース開幕!
いよいよコースが整ったとの報告がなされ、万治郎が自慢のマシンを披露すると、舎弟と思われる連中から威勢のよい声が上がる。
「当方の馬威駆、とくと見さらせやぁあ!」
「バイク? …どう見ても馬やんけ」
現れたのは北欧神話に登場する六本足の神獣を彷彿とさせる、豪放な奔馬。
あまりの暴れっぷりに数人掛かりで手綱を引いても全く制御できず、逆に人間を引きずって走ろうとする馬へ怯む事なく飛び乗った万治郎は、観衆を前にしても堂々としており、不思議と八兵衛さんの面影を感じずにはいられなかった。
…暴れてるのはハンドルとかマフラーとか、余計な物を無理矢理つけてるのが原因だろうけどな。
「手前ぇの馬はえれぇ静かじゃねぇか!
乗り手もビビリなら、馬まで似てやがるなぁ!」
方々から上がる笑い声にそろそろ我慢の限界を感じた俺は、バギーのキックスターターペダルを思い切り踏みつけ、2ストロークエンジン特有の爆音を遠慮なく聞かせてやった!
大気に轟く鼓動に驚いた観衆は度肝を抜かれ、六本足の暴れ馬でさえも突然の事態に嘶き、前足を大きく上げて乗り手を振り落とそうとする程。
「チィッ! この程度でシャベぇぞ!
へっ…言われ放題ってのは気分ワリイよなぁ?
こうでなきゃよぉ…男の勝負ってぇのはな!」
万治郎の瞳に熱い炎が宿る。
どうやら、やっと俺を敵と認識したらしい。
「俺が勝ったら話を聞いてもらう。
お前の親父さん…八兵衛さんに関する事だ」
「当方の……親父殿だと?
ふん、もう親とも思ってねぇ男の事なんざ知ったトコじゃねぇが――当方に勝ったら、舎弟にでも何でもなってやらぁ!」
よし、言質は取った。
後はレースに集中するだけ!
俺はAwazonでゴーグルを買って着用すると、町人の安全を確保するという名目で進行を務める役人から、レースの概要が伝えられた。
「余所者のお前にも分かるように規定を説明してやろう。爆走劇は町中に設置された五つの通過地点を順に抜け、先に神宮の鳥居をくぐった方の勝ちだ。糞みたいな余所者のお前が迷子にならないように、道順は示しておいてやったが……ぶっちゃけた話、爆走劇中はどこを通ろうが誰を轢き殺そうが相手を妨害しようが、今日だけは一切お咎め無しだ」
渡された手書きのマップと通過地点を頭に叩き込むと、散々に余所者扱いしてくれた役人サマに礼を述べる。
「…ご丁寧な説明どーもです役人さん。
用が済んだらサッサと引っ込んでろよ」
殺意剥き出しの眼差しを最後に退場した役人は、そのままフラッグを手にスタートラインに立つ。
いよいよレースが開催される直前、特設ステージの脇に置かれた机に座っている人物を見て、思わず吹き出してしまう。
「い、飯綱!?
おま…お前、なにやってんだよ!」
「決まってンだろ。実況だよ、ジッキョー。
上から眺めてたら面白ぇコトやってっからよ、チョイと演出を加えてやったのさ」
人を小馬鹿にしたようなニヤケ面で親指を差した先には、青空に巨大な映像が投影され、俺の顔がデカデカと映し出されていた!
思わず顔を被うと瞬時にカメラが切り替わり、別の角度から撮られた映像が流れる。
空を見上げた人々が驚愕したまま空を指差し、口々に俺の名を呼んでいるのが聞こえ、恥ずかしさと浮わついた気分を同時に味わう。
相変わらず未来の技術力に驚く一方、人間はロクな事を考えない生き物なのだと痛感させられた。
「ここで名を売っとけば後々が楽ンなるぜ。
ま、死なねェ程度に死ぬ気でやれや」
「……はぁ」
もはや溜め息しか出ない。
こうなれば覚悟を決めるしかないのだ。
「言っとくが当方も爆走劇に関しちゃ初物だ。
手前ぇより有利だとは微塵も思ってねぇ。
当方が勝てば…お、お江姐さんに……」
「お江さんが何だって?」
それっきり万治郎は口ごもるだけで、待ちきれなくなった役人の怒鳴り声で聞き返す事もできなかった。
遂に観衆に急かされる形で、役人がカウントダウンを開始する。
「三……二……一……開幕!!」




