興奮と熱狂の坩堝にて
数年ぶりに開催される爆走劇の噂は瞬く間に広がり、町中の住人が全ての仕事を放り投げて観戦に駆けつけた。
「いや、確かに三重県はモータースポーツの聖地だけどさ…」
この爆走劇なるモノ、参加するには乗馬は必須条件との事なのだが、乗馬初体験の俺が初めて訪れた地でやるこっちゃねぇだろ!?
仕方なく唯一運転できるバギーを呼び出し、乗ってはみたものの――。
「なんだよ、あの小せぇ馬!」
「あれで万治郎と勝負する気か?」
「今からでも棺屋に注文しとけや!」
住人は好き放題言ってやがる。
とはいえ、あの大男と喧嘩などできるはずもなく、他に選択肢がない上での妥協だったのだが…。
「ビビってイモ引かなかったこたぁ誉めてやる。
けどな、爆走劇に不運は憑きもんだ。精々、踊っちまわねぇようにするこったな!」
「お前、特攻の拓絶対好きだろ。
そんな事より、お前の親父さんが大変な――」
沸き起こる大歓声によって肝心の部分が掻き消され、町の熱気は最高潮を迎えようとしていた。
異様な程の興奮と熱狂は形容しようのない雰囲気を醸し、もはや駆けつけた役人ですら止めるどころか、町人と一緒になってコースの選定に一役買って出る始末。
「おい、まさか…レースは町中でやるのか!?
ここには民家が建ち並んでるんだぞ!」
「驚くこっちゃねぇよ。
おはらい町の住人なら屋根だろうが唐門だろうが、吹っ飛ばされても笑って済ませらぁ」
冗談でも誇張でもないのだろう。
狂喜乱舞する住人の様子を見ていると、それでも控え目な表現だとすら思えてくる。
つーか、さっきから和太鼓やら三味線で演奏してるのってTRUTHだよな?
例のF1テーマ曲がループする中、驚きと呆れ気味な視線を向けていると、お江さんが申し訳なさそうにして話し掛けてきた。
「その…ごめんなさい、若旦那さん。
こんな事に巻き込んでしまって…」
「あー…まぁ、俺としても願ってもないって言うか…。そうだ、レースが終わったらお話したい事があるんですけど、よろしいでしょうか?」
八兵衛さんの捜索を協力して欲しいという意味だったのだが、お江さんは何を勘違いしたのか、頭から蒸気をあげて目を回しだした。
「お、お江さん!?」
首筋まで真っ赤に染まった体でフラつく足を支え、どうにか踏ん張ってはいるが、今にも腰から砕けてしまいそうだ。
それと同時に、背後に感じる男衆の怒号が強まっていく…。
勝っても負けても生きて帰れるか分からない状況の最中、ダメ押しの一手が俺に突き刺さる。
「――上りでお待ちしております…」
耳元で囁かれた言葉に思わず全身が震え、想像以上の破壊力に脳がパンク寸前に陥る。
だが、背後から聞こえる怒号は更に強まり、啜り泣きまで加わった怨念はいよいよ絶頂に達した!
「手前ぇだきゃあ絶対ぇ殺すぅぅうう!!」
血涙を流して絶叫宣言する万治郎。
一斉に巻き起こる『殺せコール』に戦慄を覚え、勝っても負けても確実な死を予感させるには十分過ぎた。
困惑と目まいに襲われる中、随分前に飯綱に言われた事を思い出す。
「あぁ、そうそう。
女媧に取り憑かれた奴は呪縛を喰らっちまうンだがな、その最たるモンは女難だって知ってたか?」
女難――自由奔放に角と手足を生やした初音の事だとばかり思っていたけど、こういう形でも発動するとは…。
熱狂と興奮に包まれた坩堝でただ一人、重すぎる呪縛に頭を抱えるのだった。




