お姉ちゃんと呼ぶのじゃ! (初音視点)
お鈴の母上はあしなの薬が効いたのか、昨夜はよく眠れたそうじゃ。
あやつも少しは頼りになる。
まぁ、奴を見込んだワシの目に狂いはないという事かのう。
今日ばかりはお鈴に会えそうもないと思い、朝餉の後に宿の中をぶらついていると台所でお鈴と出会した。
「おはようなのじゃ、ここにおったのかお鈴。
あれから母上の御加減は如何かのう?」
仲居と話していたお鈴はこちらに向き直り挨拶すると、これから母上の元へ食事を運ぶところらしい。
そういえばお鈴の母上、お藍とは面識がない。
よい機会なので食事前に挨拶を済ませておくとしようかの。
「あいわかった、一人では大変じゃろう。
ワシも手伝って進ぜようぞ」
遠慮がちなお鈴を諭して2階の私室へと向かう。
母上か…なんじゃろうな、この気持ちは。
「お母さん、入るよ」
娘の入室に気付いたお藍は未だ床に伏してはいるが、その顔色は思った以上に良くなっており、思わず安堵の息が漏れる。
「あら、今日はお友達もご一緒?
おはようございます、葦拿様のお子さんね。
妹から話は聞いているわ、お鈴と仲良くしてあげてね」
「…あ、はい…」
相手は人の…しかも庶民だというのに、母親というだけで恐縮してしまった。
だけど…なんだか懐かしい、気が…するのう…。
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「初音ちゃんのお父さんって薬師なんだね!
あんなにも元気そうなお母さん、久しぶりに見たわ!」
お鈴は初めて会った時とは見違える程の笑顔で嬉しそうに語っておる。
そんなお鈴を見れて嬉しい反面、この薬があればワシの母上は今でも……。
いや、そんな事を考えても仕方がない。
分かっておる、ワシは…分かっておるよ…。
「初音ちゃん?どうしたの?」
「あぁ、いや…。
そうじゃ、町へ遊びに行こう!
お主の母も今は休んでおるようじゃし、構わんよな?」
突然の提案だったが、お鈴は快く了承してくれた。
そうと決まれば善は急げじゃ!
あしなにバレる前に出発しなければのう。
「初音ちゃん、私…そんなにお金持ってない…」
「フフフ、心配はいらん!
軍資金はたんまり用意してあるわい」
こんな事もあろうかと、あしなの財布からいくらか失敬しておいた。
言っておくがこれは盗みではないぞ?
先日の商売ではワシのお陰で完売したんじゃ。
だから、これは所謂『ばいと』代、つまりは正当な報酬という訳よ。
「さあさあ、今日はワシの奢りぞ。
2人で存分に町の旨い物を食い尽くすぞ~」
それでも心配そうな顔を浮かべるお鈴の手を取り、喧騒と活気渦巻くおはらい町へと半ば強引に繰り出す。
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「寿司とは魚介の身だけで作るのかと思っておったが…。牛肉を載せるとは思わなんだぞ」
屋台で旨そうな物を売っていたので買ってみたのだが、これが大正解!
松阪名産の牛を使った寿司は口に含めると誇張抜きで蕩ける旨さ!
食べていると嘘みたいに溶けて消えていくので、いくつも買ってしまった。
「は、初音ちゃん…すごい食べるんだね」
「生きておるんなら旨い物を知っておくべきじゃ。ほれ、お主も食してみよ、旨いぞ~」
おずおずと口にしたお鈴は肉の魅力を知ると、パッと明るい笑顔を向ける。
そうじゃとも、この娘は常に笑っていて欲しいのう。
「さぁ、次! まだまだ~」
大通りは仕事を急ぐ職人や呼子、品物を見て回る旅人や神宮の参拝者でごった返しており、町の繁栄と謳歌を全身で感じる事ができた。
しばらく歩くと西欧の『かうんたー』を備えた店が目に止まる。
「これは…『ぷりんとーすと』とな!?
なんとも食をそそる甘い香り、これは絶対に食べたいぞ!」
迷う事なく購入を決めると大通りから少し外れた広場へと移動し、噂の西洋文化と念願のご対面じゃ。
「すごい柔らかくて…この白いのは?」
初音はあまり町を出歩いた事がないのか、殆どの食べ物が初体験だそうな。
ここは一つ、ワシのお姉ちゃん力を発揮するところかのう!
「この白いのはな『くりんむ』と『あいすべにら』じゃ。どちらも甘いが舌触りとヒンヤリ感が…ウマイ!」
確か、あしなから聞いた話だとそんな名前じゃった…気がする。
「初音ちゃん凄い、何でも知ってるんだね」
ぐふふ、そうじゃろ?
ワシの心のツボをよく心得ておる、流石は我が妹じゃ~。
「西洋の食べ物って奇天烈だけど美味しいね」
「全くじゃ、こんな旨い物を知らずにおるなど勿体ないぞ」
そうじゃ、父上と母上にも教えて差し上げたいぞ…。
今日はどうした事か――妙に…寂しい。
他人とはいえ、母に声を掛けてもらえたのが相当に嬉しかったのか、自分が思うた以上に感情を刺激されたのやもしれぬ。
お鈴に顔を見られないように背けておると、町の方が騒がしい事に気づく。
「初音ちゃん! これ、きっと爆走劇だよ!
誰かが万治郎さんと勝負するんだって。
私、まだ一度も見たことないけど…聞いてた通りの雰囲気だよ!」
「爆走劇じゃと?
ワシも父上からお聞きした事がある。
時には死人すら厭わぬ庶子の決闘とのう。
そのような蛮行、一体誰が――あ、あしな!?」
大観衆の中心地に居たのは、珍妙な服を着た大男と…バギーに乗るあしなであった。
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